コーヒー栽培に「適温」という単一の数字は存在しない。文献では年平均18〜21℃という範囲[1]と、15〜24℃という範囲[2]の両方が使われており、さらに2022年の収量データの解析では、果実が育つ時期の飽差(VPD)が世界のアラビカの生産性の重要な指標で、0.82kPaを超えると収量が急に落ちると報告されている[3]。この記事では、なぜ複数の「適温」があり、それぞれどの基準・出典に基づくのかを整理する。
- コーヒー栽培の適温は一つの数値でなく、基準により異なる複数の範囲で示される。
- 気温は年平均18〜21℃と、年平均か生育期か書かれていない15〜24℃の二説があり、飽差は0.82kPaが収量急減の目安になる。
- 数字を見る際は年平均か生育段階かを確かめ、出典の基準の違いを意識すると判断が安定する。
この記事は「コーヒー豆を知る完全ガイド|産地・品種・精製・焙煎でわかる味の地図」の各論です。
「適温」は1つではない――まず結論
18〜21℃と15〜24℃は性格が違う
アラビカ種コーヒーの栽培適温として最もよく引用される数字のひとつが、年平均18〜21℃である[1]。これはDaMatta & Ramalho(2006)のレビュー論文がAlègre(1959)を引いて示した値であり、Davis ほか(2012)も同じ範囲を示している[4]。一方、FAOのアフリカ向け手引きは15〜24℃という帯を示す[2]。両者は同じ「適温」という言葉を使っていても、出典も文脈も異なる数字である。
収量データは気温以外の軸を示す
気温の範囲を並べるだけでは、栽培条件の全体像はつかめない。2022年に発表された収量解析では、気温・降水量・土壌水分・飽差(VPD)という複数の変数を解析し、果実発育期の飽差が0.82kPaを超えると収量が急減するという関係が示された[3]。気温の範囲を知ることと、収量に効く変数を知ることは、似ているが別の問いである。
本記事で扱う範囲
以下では、18〜21℃という数字がどの文献のどの記述に基づくのか、15〜24℃という帯がどのような文脈で示されたものか、生育段階によって適温がどう変わるのか、気温以外に必要な条件(降水量・標高)は何か、そして飽差という別の軸がどう位置づけられるのかを、それぞれ出典に沿って確認していく。
「適温」という語は文献によって年平均気温を指す場合と、生育段階ごとの目安温度を指す場合があり、同じ言葉でも指している対象が違う。数字を見るときは、それが年平均か、発芽時か、幼木期かを確認したほうがよい。
18〜21℃はどこから来たか
DaMatta & Ramalho(2006)とAlègre(1959)
DaMatta & Ramalho(2006)のレビューは、アラビカの年平均気温の最適範囲を18〜21℃とし、この数字の出典としてAlègre(1959)を挙げている[1]。同じレビューは、23℃を超えると果実の発達・成熟が速まり、しばしば品質の低下につながるとも述べている[1]。下限側についても、同じレビューは、年平均気温が17〜18℃を下回る地域では生育が大きく抑えられるとしている[1]。
Davis ほか(2012)も同じ文献を引く
Davis, Gole, Baena, Moat(2012)のPLoS ONE論文も、アラビカの年平均気温の最適範囲として示されてきた値を、18〜21℃、あるいは24℃までと書いている[4]。この論文で18〜21℃に付された文献はAlègre(1959)、24℃までに付された文献はTeketay(1999)である[4]。つまりDavisも同じAlègre(1959)を引いており、18〜21℃という数字について独立した裏づけを加えているわけではない。
23℃超で何が起こるか
DaMatta & Ramalho(2006)は、23℃を超えると果実の発達と成熟が加速し、しばしば品質の低下につながると述べている[1]。さらに、30℃という高温に持続的にさらされると、生育面での抑制が生じる可能性があるとも記している[1]。これらは18〜21℃と同じ段落で、それぞれ別の文献を引いて示された目安である[1]。
| 目安 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 年平均の最適範囲 | 18〜21℃ | DaMatta & Ramalho 2006[Alègre 1959を引用][1] |
| 果実の発達・成熟が速まり品質が落ちやすい | 23℃超 | DaMatta & Ramalho 2006[Camargo 1985を引用][1] |
| 生育が大きく落ちる下限 | 17〜18℃未満 | DaMatta & Ramalho 2006[1] |
DaMatta & Ramalho(2006)とDavis ほか(2012)はどちらも18〜21℃という数字を示すが、両方がAlègre(1959)という同じ一次資料に遡る。複数の論文が同じ数字を使っているからといって、それが独立に確かめられた複数の根拠だとは限らない。
15〜24℃はどこから来たか
FAOのアフリカ向け手引き
FAOが2000年に公開した「Post Harvest Handling and Processing of Coffee in African Countries」は、生態条件の章でアラビカ種の理想的な平均気温を15〜24℃、ロブスタ種を24〜30℃としている[2]。ロブスタはより高温で乾燥した条件に耐えられる一方、15℃をかなり下回る気温には耐えにくいとも述べられている[2]。この数字は、アフリカ諸国でのコーヒーの収穫後の取り扱いと加工を扱う手引きの、序章にある「生態」の節に書かれている。
基準と出典が書かれていない帯
FAOのこの15〜24℃という数値には、DaMatta & Ramalho(2006)の18〜21℃に付いているAlègre(1959)のような文献の引用が付いていない。同じ節には、この帯が年平均気温か生育期の気温か、どのような調査や測定にもとづくのかも書かれていない[2]。誤った数字だと断定する材料はないが、基準と出典が書かれていない帯であることは、18〜21℃という数字と比べたときの違いとして扱う。
北緯25度〜南緯25度という地理条件
同じFAOの手引きは、コーヒーは北緯25度から南緯25度の間で育つ熱帯の植物だが、商業栽培にはきわめて特定の環境条件が要るとしている[2]。一般に「コーヒーベルト」と呼ばれるのは、赤道を挟んだこの緯度帯のことである。
- アラビカ種の理想的な平均気温:15〜24℃[2]
- ロブスタ種の理想的な平均気温:24〜30℃[2]
- コーヒーが育つ緯度帯:北緯25度〜南緯25度[2]
FAOの15〜24℃という帯は、DaMatta & Ramalho(2006)が示す18〜21℃という中心値をすっぽり含む形になっている。片方が狭い最適範囲、もう片方がそれより広い範囲だと考えると、両者は矛盾しているわけではなく、粒度の異なる情報として並べて読める。
生育段階で適温は変わる
発芽に必要な温度
コーヒーの木は、生育のすべての段階で同じ気温を必要とするわけではない。DaMatta & Ramalho(2006)によれば、発芽の最適温度は30〜32℃とされ、17℃という気温では発芽に3か月かかるとされている[1]。年平均気温として語られる18〜21℃という数字は、発芽段階の適温とは別の指標であり、この違いを混同すると数字同士が矛盾しているように見えてしまう。
最初の数週間と、枝が出たあと
発芽のあとも、最適とされる温度は育つにつれて変わる。DaMatta & Ramalho(2006)によれば、生育の最初の数週間の最適温度は昼30℃・夜23℃程度で、最初の枝が出ると昼26℃・夜20℃に下がり、およそ1年後には成木で示される値に近くなる[1]。
ロブスタの年平均最適は文献で割れる
アラビカ種だけでなくロブスタ種についても、文献によって示される最適な年平均気温には幅がある。FAOの手引きはロブスタの理想的な平均気温を24〜30℃としている[2]。DaMatta & Ramalho(2006)は、ロブスタの年平均気温の最適範囲を22〜26℃(Matiello 1998)、あるいは24〜30℃(Willson 1999)と、2つの文献の値を並べて紹介している[1]。同じ種であっても、参照する文献によって数字が異なりうることは、コーヒーの適温を扱う際に踏まえておくべき点である。
発芽期
30〜32℃前後が最適で、このとき発芽には約3週間かかり、17℃では3か月を要するとされる[1]。35℃を超えると発芽が妨げられるとも書かれている[1]。
生育の最初の数週間
最適温度は昼30℃・夜23℃程度とされる[1]。
最初の枝が出たあと
最適温度は昼26℃・夜20℃に下がり、およそ1年後には成木で示される値に近くなるとされる[1]。
「コーヒーの適温は18〜21℃」という一文だけを覚えると、発芽の最適とされる30〜32℃という数字と矛盾するように見える。両者は対象にしている生育段階が違うだけであり、年平均気温の議論と発芽・生育初期の議論は別の軸として分けて読む必要がある。
気温だけでは足りない:降水量と原産地の条件
アラビカの最適降水量とFAOの範囲
気温の帯だけでは栽培条件を語り尽くせない。DaMatta & Ramalho(2006)は、アラビカの最適年降水量を1200〜1800mm(Alègre 1959)とし、ロブスタにも同じような範囲が要るとみられる一方、ロブスタは2000mmを超える多雨にアラビカより適応しやすいとしている[1]。一方、FAOの手引きはコーヒー全般について年1500〜3000mmの降水が必要で、アラビカはほかの種より少なくてよいとしている[2]。同じ「コーヒーの降水量」という話題でも、対象がアラビカ限定かコーヒー全般かで数字の範囲が異なる。
乾季の必要性
DaMatta & Ramalho(2006)は、アラビカとロブスタのどちらにとっても、生育が休む時期にあたる2〜4か月の短い乾燥期が開花を促すうえで大切だとしている(Haarer 1958を引用)[1]。FAOの手引きも、雨季と乾季の配置が生育・芽の形成・開花に大切だとしている[2]。年間降水量の合計だけでなく、その分布の仕方も条件として扱われる。
原産地エチオピアの森の条件
コーヒーの原産地とされるエチオピアの森の環境も、気温と標高の組み合わせで示されている。DaMatta & Ramalho(2006)によれば、アラビカは標高1600〜2800mのエチオピアの熱帯林が原産で、そこでは気温の季節変化が小さく年平均は約20℃、降水は1600mmから2000mm超でよく分布し、最も涼しい時期に3〜4か月の乾季がある[1]。この約20℃という数字は、同じレビューが示す最適範囲18〜21℃の中にある。
| 項目 | 数値 | 対象・出典 |
|---|---|---|
| アラビカ最適降水量 | 1200〜1800mm | Alègre 1959(DaMatta & Ramalho 2006経由)[1] |
| コーヒー全般の降水量目安 | 1500〜3000mm | FAO 2000(コーヒー全般。アラビカはそれより少なくてよい)[2] |
| 開花を促す短い乾燥期(両種) | 2〜4か月 | DaMatta & Ramalho 2006[Haarer 1958を引用][1] |
| 原産地の標高 | 1600〜2800m | DaMatta & Ramalho 2006[1] |
| 原産地の年平均気温 | 約20℃ | DaMatta & Ramalho 2006[1] |
1200〜1800mmという数字はアラビカ種に限定した最適値であり、1500〜3000mmという数字はコーヒー全般を対象にした目安である。両者を単純に比較すると矛盾しているように見えるが、対象範囲が異なるため、同じ尺度で並べて優劣を判断すべき数字ではない。
標高は気温の代わりにすぎない
赤道からの距離と標高の関係
標高は、気温という条件を別の形で満たすための手段として扱われる。FAOの手引きは、標高は気温と関係するので、アラビカは赤道から離れるほど低い標高でも栽培でき、その限界は霜で決まるとしている[2]。DaMatta & Ramalho(2006)も、霜に制限されない限り赤道から離れた低い標高でもコーヒーを栽培できるとし、ブラジルのアラビカを例に挙げている[1]。
霜が限界になる
標高を上げれば気温は下がるが、その先には霜という制約がある。FAOの手引きは、どのコーヒーも霜で傷みやすく、その危険はブラジル南部のほか、赤道に近い地域では標高2000m前後にあるとしている[2]。
ロブスタは低地でも育つ
アラビカ種とロブスタ種では、標高に対する耐性が異なる。FAOの手引きによれば、ロブスタ種は海抜0m付近から約800mまでの範囲で栽培されるとされる[2]。ロブスタが高温に耐えやすいという特性(24〜30℃という理想気温[2])と、低地でも栽培できるという標高の範囲は、同じ性質の異なる側面として理解できる。標高が風味にどう関わるかという論点は、産地の地理的条件を扱う別の記事で扱われている領域であり、気温との関係にとどめる。
- アラビカは赤道から離れるほど、より低い標高でも栽培可能(限界は霜)[2]
- 赤道に近い地域では標高2000m前後に霜の危険がある[2]
- ロブスタ種は海抜0〜約800mの範囲で栽培される[2]
FAOの手引きもDaMatta & Ramalho(2006)も、栽培できる標高を気温との関係と霜の限界で説明している[1][2]。同じ標高でも赤道からの距離で条件が変わるので、栽培条件としての標高は、気温の読み替えとして見るとつながりがわかりやすい。
収量データが示した別の軸=飽差
VPD(飽差)とは何か
飽差(Vapour Pressure Deficit、VPD)は、ある気温での空気が実際に含みうる水蒸気の最大量と、実際に含んでいる水蒸気量との差を示す指標である。気温が同じでも湿度が違えばVPDは変わるため、気温だけを見ていては捉えられない乾燥の度合いを表す。Kath ほかによる2022年のNature Food誌の研究は、この飽差が世界のアラビカ種コーヒーの生産性に対する重要な指標であることを示した[3]。
0.82kPaという閾値
Kath ほか(2022)の研究では、果実発育期のVPDが0.82kPaを超えると、収量が急激に低下することが示されている[3]。この研究は気温・降水量・土壌水分・VPDという複数の変数を解析対象とし、その中でVPDが収量との関係において重要な指標として浮かび上がったとされている[3]。気温そのものの範囲を議論するだけでなく、気温と湿度が組み合わさって生まれる乾燥の度合いを見る視点が、この研究によって加わったことになる。
気温の議論とVPDの議論は補い合う
18〜21℃や15〜24℃という気温の範囲は、あくまで気温という単一の軸で見た目安である。一方、Kath ほか(2022)が示すVPDの閾値は、気温と湿度を組み合わせた別の軸から収量を説明しようとするものである[3]。両者は対立する数字ではなく、コーヒー栽培の条件を異なる角度から照らす、別の指標として並べて理解するのが妥当である。
| 変数 | 指標 | 出典 |
|---|---|---|
| 気温(年平均) | 18〜21℃ | DaMatta & Ramalho 2006[1] |
| 気温(FAOの帯) | 15〜24℃ | FAO 2000[2] |
| 飽差(VPD、果実発育期) | 0.82kPaを超えると収量急減 | Kath ほか 2022[3] |
気温の帯だけを見ていると、同じ気温でも湿度が低く乾燥した年に何が起きるかは説明できない。VPD0.82kPaという閾値は、気温という一つの軸だけでは見えなかった収量への影響を、別の変数として補う位置づけにある。
結論
コーヒー栽培の適温を一つの数字に絞ろうとすると、どうしても取りこぼしが出る。18〜21℃という年平均気温の範囲はAlègre(1959)という一次文献に遡る具体的な数字であり、DaMatta & Ramalho(2006)もDavis ほか(2012)も同じ文献を引いている[1][4]。15〜24℃というFAOの帯は、アフリカ諸国向けの手引きに示された、基準や出典の明示がない、より広い帯である[2]。どちらが正しいかを決めるための数字ではなく、性格の違う2つの数字として並んでいる。
加えて、Kath ほか(2022)が示した飽差0.82kPaという閾値は、気温という単一の軸だけでは見えない、湿度と気温を組み合わせた乾燥の度合いが収量に効くことを示している[3]。ハンドドリップで豆を選ぶときに産地の気候まで意識するなら、気温の範囲だけでなく、こうした複数の指標が組み合わさって栽培環境が決まっている点を踏まえておくと、産地情報の読み方が少し変わってくる。産地ごとの地理条件については「産地」カテゴリでも他の視点から扱われている。
あわせて読みたい
- コーヒーノミキクイムシとは|年5億ドルの被害額と、温暖化で高地へ登る害虫
- コーヒーの単収はなぜ国で倍違うのか|ベトナムとブラジルのkg/haを品種・密植・灌漑・施肥で読む
- エチオピアの森林コーヒー|発祥の森で採る生産体系と、低い単収でも森を残す仕組み
参考文献
- Impacts of drought and temperature stress on coffee physiology and production: a review
https://doi.org/10.1590/S1677-04202006000100006 - Post Harvest Handling and Processing of Coffee in African Countries, Chapter 1 Introduction
https://www.fao.org/4/x6939e/X6939e01.htm - Vapour pressure deficit determines critical thresholds for global coffee production under climate change
https://doi.org/10.1038/s43016-022-00614-8 - The Impact of Climate Change on Indigenous Arabica Coffee (Coffea arabica): Predicting Future Trends and Identifying Priorities
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0047981
