コーヒーの銘柄名は、品種ではなく主に生産地の範囲によって決まる(一部の銘柄は生産国の輸出規格も条件にしている)。公正競争規約の別表2はキリマンジャロを「タンザニアにて生産されたアラビカコーヒー豆(ブコバ地区でとれるものは除く)」と地理で定義しており[1]、規約が例示する銘柄については、その名前で表示できる範囲を規約自体が示している。
- コーヒーの銘柄名は品種ではなく、主に生産地の範囲によって公正競争規約が定めている(一部は生産国の輸出規格も条件)。
- 別表2は14銘柄を主に地理で例示している。缶の「プレミアム」等の格上表示は、内容量100グラム中にコーヒー生豆換算で5グラム以上の「コーヒー」に限り、別表2の銘柄を51パーセント以上使うか、豆を自社従来品比2割以上増量又は製法を改良したうえで、事前に届け出たものだけに認められる。
- 銘柄名は産地の範囲を示す言葉であり、精製方法や焙煎度など味に関わる情報は別に確かめたい。
この記事は「コーヒー豆を知る完全ガイド|産地・品種・精製・焙煎でわかる味の地図」の各論です。
「キリマンジャロ」は品種名でも等級でもない
よくある思い込みのかたち
パッケージに「キリマンジャロ」と書かれたコーヒーを見て、酸味の強い品種の名前だと思う人は少なくない。実際には、キリマンジャロという語は豆の品種でも焙煎度でも品質等級でもなく、どこで採れたかを指す地理的な呼び名である。同じことはブルーマウンテンやマンデリンにも当てはまり、これらの語はいずれも産地の範囲を指して使われている[1]。ハンドドリップで豆を選ぶときに袋の裏を見比べる習慣があるなら、この違いは味の予想よりも先に効いてくる。
規約が定義する「キリマンジャロ」
レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約の別表2は、キリマンジャロを「タンザニアにて生産されたアラビカコーヒー豆をいう。ただし、ブコバ地区でとれるアラビカコーヒー豆は含まない」と定義している[1]。つまりこの規約が及ぶ範囲では、タンザニア産であればどこでも名乗れるわけではなく、ブコバ地区で採れた豆は「キリマンジャロ」という表示から外れる。国名だけでなく国内の一地区を除外する形で境界を引いている点が、この定義の書き方の特徴である。
銘柄名は産地の呼び名であって品種名ではない
品種はティピカやブルボンのように木そのものの系統を指し、精製方法はウォッシュトやナチュラルのように収穫後の処理を指す。これに対して銘柄名は、別表2が示すとおり地理的な範囲の呼び名であり、品種や精製方法とは別の軸で管理されている[1]。テロワール(産地固有の風土や栽培条件)が味を左右する要素であることは確かでも、規約が銘柄名として定めているのはその産地の範囲を線引きする表示上のルールにすぎない。この3つの軸を混同すると、同じ銘柄名を掲げた豆の味がなぜ揃わないのかが分かりにくくなる。
別表2は14の銘柄を主に地理で定めている
一覧表で見る産地の範囲
別表2は番号を1番からハワイコナの14番まで振り、それぞれの銘柄について生産国や地区を書き分けている[1]。地区名まで明記されている銘柄と、国名だけで示される銘柄が混在しており、範囲の広さは銘柄ごとに異なる。以下は、規約が示す14銘柄の範囲をまとめた一覧である。
| 銘柄名 | 産地の範囲 | 除外される地区 |
|---|---|---|
| ブルーマウンテン | ジャマイカ・ブルーマウンテン地区[1] | - |
| ハイマウンテン | ジャマイカ・ハイマウンテン地区[1] | - |
| ジャマイカ | ジャマイカ(上記2地区を除く)[1] | ブルーマウンテン地区、ハイマウンテン地区 |
| クリスタルマウンテン | キューバ(同国輸出規格に基づく豆)[1] | - |
| グアテマラアンティグア | グアテマラ・アンティグア地区[1] | - |
| コロンビアスプレモ | コロンビア(同国輸出規格に基づく豆)[1] | - |
| モカハラー | エチオピア・ハラー地区[1] | - |
| モカマタリ | イエメン[1] | - |
| キリマンジャロ | タンザニア[1] | ブコバ地区 |
| トラジャ | インドネシア・スラウェシ島トラジャ地区[1] | - |
| カロシ | インドネシア・スラウェシ島カロシ地区[1] | - |
| ガヨマウンテン | インドネシア・スマトラ島タケンゴン地区[1] | - |
| マンデリン | インドネシア北スマトラ州及びアチェ州[1] | タケンゴン周辺のガヨマウンテン生産地区 |
| ハワイコナ | アメリカ・ハワイ州南コナ地区及び北コナ地区[1] | - |
ジャマイカとカリブ海の銘柄
ジャマイカに関する規定は、ブルーマウンテン地区とハイマウンテン地区をそれぞれ独立した銘柄として切り出し、そのどちらでもない産地を「ジャマイカ」という銘柄でまとめている[1]。同じ国の中でも地区によって別の銘柄名が与えられ、地区名を持たない産地は国名だけの銘柄に落ち着く、という構造である。キューバのクリスタルマウンテンは地区名ではなく同国の輸出規格に基づく豆として定義されており、産地の切り方が地区単位とは限らないことが分かる[1]。
モカ系とアフリカ・中東の銘柄
モカハラーはエチオピアのハラー地区、モカマタリはイエメンの豆と定義され、いずれも「モカ」という語を共有しながら生産国が異なる[1]。キリマンジャロはタンザニア産のうちブコバ地区を除いたものという定義であり、前の章で見た通り一国の中でも除外地区を指定する書き方がとられている[1]。同じ語感を持つ銘柄でも、規約上の範囲はそれぞれ独立して定められている。
インドネシアとハワイの銘柄
トラジャとカロシは、いずれもインドネシア・スラウェシ島の中の異なる地区に対応する銘柄である[1]。ガヨマウンテンはスマトラ島タケンゴン地区、マンデリンは北スマトラ州及びアチェ州のうちタケンゴン周辺のガヨマウンテン生産地区を除いた範囲と定義されており、同じ島の中でガヨマウンテンとマンデリンが互いの範囲を除外し合う関係にある[1]。ハワイコナは、アメリカのハワイ州南コナ地区及び北コナ地区で生産されたアラビカコーヒー豆と定義されている[1]。
別表2の銘柄名は国名だけのもの(モカマタリ)、地区名を含むもの(ブルーマウンテン、トラジャ、ハワイコナ)、除外地区を持つもの(ジャマイカ、キリマンジャロ、マンデリン)、生産国の輸出規格によるもの(クリスタルマウンテン、コロンビアスプレモ)に分かれる。名乗れる範囲の狭さは系統によって異なる。
除外地区の明記と、線引きを決め守らせている仕組み
キリマンジャロとブコバ地区の境界
キリマンジャロの定義が「ブコバ地区でとれるアラビカコーヒー豆は含まない」とわざわざ書いているのは、タンザニア国内に複数の産地があり、キリマンジャロという名前だけでは国内のどこの豆かが区別できないためだと読める[1]。国名だけの線引きでは、隣接する産地の豆までキリマンジャロと表示できてしまう余地が生まれる。除外地区を名指しすることで、規約はその余地をあらかじめ閉じている。タンザニア国内における豆の格付け制度そのものは、この規約とは別の枠組みであり、タンザニア・キリマンジャロコーヒーで扱う内容になる。
マンデリンとガヨマウンテンの境界
同じ発想は、マンデリンの定義にも表れている。マンデリンは「北スマトラ州及びアチェ州(タケンゴン周辺のガヨマウンテン生産地区を除く)」と定義され、ガヨマウンテンという別の銘柄がすでに存在する地区を、あらかじめマンデリンの範囲から抜いている[1]。2つの銘柄が地理的に近接しているからこそ、規約は片方の定義文の中でもう片方を明示的に除外する書き方を選んでいる。
景表法第36条という認定の根拠
この別表2を含む規約そのものは、事業者や事業者団体が自由に作った内輪のルールではない。不当景品類及び不当表示防止法第36条は、事業者又は事業者団体が内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣及び公正取引委員会の認定を受けて表示に関する規約を締結できると定めている[2]。認定にあたっては、不当な誘引の防止や一般消費者の自主的な選択の確保に適切かどうかが審査され、消費者や関連事業者の利益を不当に害するおそれがないことも求められる[2]。つまり別表2の書き方自体が、この認定の枠組みを経て公的な位置づけを得ている。
公正競争規約は食品分野だけでも複数存在しており、令和5年(2023年)3月22日現在で103規約が設定され、表示関係は66規約(食品関係36規約、酒類関係7規約、その他23規約)にまとめられている[3]。コーヒーに関する規約は、この食品関係の表示規約の一つに数えられる[3]。コーヒー豆そのものの表示を扱う規約と、缶コーヒーなど飲料の表示を扱う規約は別々に設定されており、後者は、前者の別表2に定める銘柄を名指しで借り、その銘柄を51パーセント以上使用することを格上表示の条件の一つにしている[4]。
公正取引協議会の警告・違約金・除名
規約を実際に運用するのは、事業者が加盟する公正取引協議会である。協議会は規約の規定に違反する行為を認めたとき、違反行為を排除する措置や再発防止を文書で警告でき、警告に従わない事業者には違約金を課すことができる[1]。調査に協力しない事業者についても、同様に警告のうえで違約金や除名処分の対象となる[1]。整理すると、協議会が事業者に対して取りうる措置は次のように段階を持つ。
- 違反行為の排除・再発防止を求める警告(文書)
- 警告に従わない場合の違約金
- 調査への非協力に対する警告・違約金・除名処分
これらの措置は表示の適正さを守るための手段であり、豆そのものの品質を検査する制度ではない。別表2が定めているのは「どこで採れたらその名前を名乗れるか」という表示上の境界であって、その豆が香りや味の点で優れているかどうかを保証するものではない。銘柄名を選ぶ基準は生産地の範囲の話であり、飲んで確かめる価値の話とは別の階層にある。
景表法第36条の認定は規約そのものに対して与えられるものであり、個々の商品や事業者に与えられる資格ではない[2]。規約に加盟していない事業者の表示は、この規約の枠組みの外で景表法の一般規定によって判断される。
別表2は缶コーヒーの「プレミアム」表示にも及ぶ
51パーセント以上という条件
別表2は、コーヒー豆そのものの袋だけでなく、缶コーヒーなどの飲料の表示にもつながっている。コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約の施行規則は、「エキストラ」「デラックス」「セレクト」などの語を、規約が定める「コーヒー」(内容量100グラム中にコーヒー生豆換算で5グラム以上)に限って認め、そのための条件の一つとして、レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約の別表2に定めるコーヒー豆の銘柄を51パーセント以上使用したものであることを挙げている[4]。つまり、缶に格上の印象を与える表示を使うには、その銘柄に該当する豆をこの割合以上使うか、次に見る増量・製法改良の条件を満たし、どちらの場合も事前に届け出る必要がある。
増量と製法改良というもう一つの道
同じ施行規則は、51パーセント以上という条件を満たさない場合でも、コーヒー豆の使用量を自社従来品と比較して2割以上増量する、又は製法の改良を伴うものであれば、同様の表示の条件を満たせるとしている[4]。事前に届出を行うことも条件の一部として定められている[4]。銘柄の使用比率と、豆の量・製法という2つの経路が並んで用意されている点は、別表2が飲料側の表示にどう接続しているかを見るときに効いてくる。
不当表示の禁止という裏側
この規約は同時に、定義に合致しない飲料を合致した飲料であるかのように誤認させる表示を禁止している[4]。別表2の銘柄を51パーセント以上使う条件や増量・製法改良の条件は、いわば「この表示を使ってよい条件」を積極的に定めた規定であり、不当表示の禁止はその逆側から「条件を満たさないのに使ってはいけない」と縛る規定にあたる。表と裏の両方があって、初めて缶コーヒーの格上表示が意味を持つ仕組みになっている。
- 51パーセント以上の銘柄使用(届出を伴う)
- 使用量2割以上の増量、又は製法の改良(届出を伴う)
51パーセント以上という条件は「その銘柄の豆が過半を占める」という意味で、豆の産地が単一であることまでは求めていない。別表2の銘柄の使用比率と、実際に飲んだときの風味の強さは別の指標として読む必要がある。
産地ごとの物語は、それぞれの記事に委ねる
ジャマイカのブルーマウンテンとCIB(コーヒー産業公社)の認証
別表2はブルーマウンテンの範囲を「ジャマイカ・ブルーマウンテン地区」という地理で定義しているが[1]、その豆がどのように選別され等級づけされているかは、この規約の記述だけでは分からない。ジャマイカにおける認証の仕組みについてはジャマイカ・ブルーマウンテンコーヒーで扱われている内容に委ねる。規約が引いているのは表示のための境界線であり、産地側の制度そのものの説明ではない。
ハワイの州法が支えるコナの呼称
ハワイコナについても、規約はアメリカのハワイ州南コナ地区及び北コナ地区という地区までを示すにとどまる[1]。この範囲だけでは、ハワイ州の法律がコナという地名の使用を具体的にどう規制しているかまでは読み取れない。その制度についてはハワイコナコーヒーで扱う内容になる。
イエメンのモカマタリという呼び名の背景
モカマタリはイエメンで生産されたアラビカコーヒー豆と定義されている[1]。規約はこの生産国の範囲を示すだけで、精製方法や品質の違いまでは定めていない。モカという語の歴史的な背景や、現地での精製の実際については、イエメンモカコーヒーで扱う内容である。
インドネシアのマンデリンとガヨマウンテンの生産地
マンデリンとガヨマウンテンはいずれもインドネシアのスマトラ島に位置づけられ、規約上は互いの地区を除外し合う関係にある[1]。同じ島の中に複数の銘柄が並ぶため、この規約の記述だけでは実際の農園や精製方法までは分からない。インドネシアの生産地そのものの特徴については、インドネシア・マンデリンコーヒーにまとめている。
結論
規約の射程を思い出す
別表2が定めているのは、コーヒーの銘柄名を主に「どこで採れたか」という地理の軸で線引きする表示上のルールである[1]。品種や精製方法、焙煎度、そして飲んで感じる香りや酸味の強さは、この線引きとは別の軸にある情報であり、銘柄名だけで味のすべてを判断することはできない。規約の認定は内閣総理大臣及び公正取引委員会が規約そのものに与えるものであり[2]、実際の運用は公正取引協議会が警告・違約金・除名という段階を踏んで担っている[1]。この2つの主体の違いを意識しておくと、なぜ規約に強制力があるのかが見えやすくなる。
淹れ手として次にできること
袋の裏に「キリマンジャロ」や「マンデリン」と書かれているとき、それは産地の範囲を示す言葉であって、香りの保証書ではない。同じ銘柄名でも農園や精製方法によって味は変わり得るし、規約が定める範囲の広さもキリマンジャロのように国単位のものから、ブルーマウンテンのように地区単位のものまで差がある。ハンドドリップで豆を選ぶときは、銘柄名を出発点にしつつ、精製方法や焙煎度といった別の情報も併せて見る習慣を持つと、表示と実際の味のずれに振られにくくなる。コーヒーと産地の関係をさらに知りたい場合は、「産地」カテゴリで個々の生産地を掘り下げる記事に進むのがよい。
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参考文献
- レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約及び同施行規則(令和6年10月1日施行)
https://www.jfftc.org/DATA/Kiyaku_pdf/b05_H_coffee.pdf - 不当景品類及び不当表示防止法(昭和37年法律第134号)/e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000134 - 消費者庁「公正競争規約が設定されている業種」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/fair_competition_code/industries/ - コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約及び同施行規則
https://www.jfftc.org/DATA/Kiyaku_pdf/b03_H_cancoffee.pdf
