スペシャルティコーヒーのパッケージに「SL28」「カトゥーラ」といった品種名が記載されているのを目にする機会が増えた。アラビカコーヒーノキ(Coffea arabica)は世界のコーヒー生産量の約57%を占める主要種だが[2]、その中には数十の栽培品種が存在する。品種は収量・耐病性・風味特性に直接影響するため、生産者は土地と市場の両方を見据えて選抜を重ねてきた[1]。ケニアの選抜系統であるSL種、ブルボン由来の小型品種、大粒のパカマラ、そして近年増加する耐病ハイブリッドを取り上げ、品種が味に与える影響と選び方を整理する。
SL28・SL34|ケニアの選抜系統と明瞭な酸味
スコット研究所による選抜の経緯
SL28とSL34は、1930年代にケニアのスコット研究所(Scott Laboratories)が干ばつ耐性と風味品質の両立を目指して選抜した系統である。当時ケニアでは、標高1400〜2000mの高地栽培に適応し、かつ明瞭な酸味を持つ品種が求められていた。スコット研究所は1935〜1939年に各地の原木から42本の個体樹を評価し、その中でSL28は特に柑橘系の酸味と甘みのバランスに優れると評価された[1]。SL34はSL28よりやや低地向けで、病害抵抗性がわずかに高い。両者はケニアのスペシャルティコーヒー輸出を支える中核品種となり、現在もニエリ、キリニャガといった主要産地で栽培が続いている。
風味特性と栽培上の課題
SL28は、ウォッシュト精製との組み合わせでブラックカラント様の酸味と紅茶を思わせる余韻を生む。カッピングスコアは85点以上を記録することが多く、オークションでは高値で取引される。一方で収量は1ヘクタールあたり500〜700kgと低く、コーヒーさび病(Hemileia vastatrix)への抵抗性もほぼ持たない。このため、農家は銅剤の定期散布と剪定管理を徹底する必要がある。近年はF1ハイブリッド(後述)への転換が進む地域もあるが、SL28の風味を求む買い手は依然として多い。
SL28は焙煎の幅が広く、ライトローストで柑橘の酸を引き出すことも、ミディアムで甘みを強調することも可能だ。ただし、浅煎りでは青臭さが残りやすいため、1ハゼ終了後30秒以上の余熱を確保している。
カトゥーラ・カトゥアイ|ブルボン系小型品種と多収性
カトゥーラの発見と普及
カトゥーラ(Caturra)は、1937年にブラジルのミナスジェライス州で発見されたブルボン種の自然突然変異である。節間が短く樹高が1.5〜2mに抑えられるため、密植栽培が可能となり、単位面積あたりの収量は従来のブルボンより20〜30%向上した。1950年代以降、コロンビア、コスタリカ、ニカラグアへ導入され、中米のコーヒー生産量拡大に寄与した。風味はブルボンに近く、適度な甘みと酸味を持つが、テロワール(産地固有の風土)の影響を受けやすい。
カトゥアイの育成と特徴
カトゥアイ(Catuai)は、1950年代にブラジルの農業研究機関IACがカトゥーラとムンドノーボを交配して育成した品種である。カトゥーラより枝が太く、強風下でもチェリーが落果しにくい。赤実(Red Catuai)と黄実(Yellow Catuai)の2系統があり、赤実は甘みがやや強いとされる。コスタリカのタラス地方やコロンビアのウイラ県では、標高1600〜1800mでカトゥアイを栽培し、ハニープロセス(果肉を残して乾燥させる精製法)と組み合わせることで、蜂蜜様の甘みを引き出している。
| 品種 | 樹高 | 収量(kg/ha) | 主な産地 | 風味傾向 |
|---|---|---|---|---|
| カトゥーラ | 1.5〜2m | 800〜1000 | コロンビア、コスタリカ | 甘み・酸味バランス型 |
| カトゥアイ | 1.8〜2.2m | 900〜1100 | ブラジル、ニカラグア | 甘み強調、ボディ中程度 |
| ブルボン | 2.5〜3m | 600〜800 | ルワンダ、エルサルバドル | 複雑な甘み、滑らかな口当たり |
カトゥアイはエスプレッソ抽出でも甘みが安定しており、ミルクとの相性が良い。ハンドドリップでは湯温92〜94℃で抽出すると、酸味と甘みが均等に立ち上がる。
パカマラ・マラゴジッペ|大粒品種と独特の風味
マラゴジッペの起源
マラゴジッペ(Maragogype)は、1870年代にブラジルのバイーア州マラゴジッペ地区で発見されたティピカ種の突然変異である。豆のサイズは通常のアラビカの1.5〜2倍に達し、スクリーン18以上(直径7.2mm以上)の粒が多い。樹高は3〜4mと高く、収量は1ヘクタールあたり400〜500kgと低いため、商業栽培は限定的だ。風味は軽やかで酸味が穏やかだが、栽培環境によっては水っぽく感じられることもある。
パカマラの育成と評価
パカマラ(Pacamara)は、1958年にエルサルバドルのコーヒー研究所がパカス種(カトゥーラの亜種)とマラゴジッペを交配して育成した品種である。豆は大粒で、風味はマラゴジッペより複雑かつ濃厚になる。エルサルバドルのアパネカ=イラマテペック地方やグアテマラのウエウエテナンゴでは、標高1500m以上の火山性土壌でパカマラを栽培し、ナチュラル精製(果肉を付けたまま乾燥させる方法)と組み合わせることで、ベリー系の甘みと花のような香りを引き出している。カッピングでは「ワインのような」と評される酸味が特徴だ。
栽培上の注意点:
- 樹高が高いため、収穫コストが増加する
- 密植には向かず、1ヘクタールあたり2000〜3000本程度の植栽密度が適切
- 高標高でないと風味が平坦になりやすい
ハイブリッド品種|F1とカスティージョの耐病性
F1ハイブリッドの開発背景
F1ハイブリッドは、異なる品種または野生種を交配して得られる第一世代の雑種である。雑種強勢(ヘテロシス)により、親品種より収量・耐病性・風味品質が向上する場合がある。2000年代以降、フランスのCIRAD(国際農業開発研究センター)とケニアのコーヒー研究機関が共同で、アラビカ栽培種と野生種Coffea eugenioidesを交配したF1系統を開発した。これらの系統は、SL28と同等の風味を保ちながら、さび病抵抗性と収量(1ヘクタールあたり1200〜1500kg)を大幅に向上させた。ケニアのニエリ県では、2010年代半ば以降、F1ハイブリッドの普及が進んでいる。
カスティージョとコロンビアの戦略
カスティージョ(Castillo)は、コロンビアのコーヒー生産者連合会(FNC)傘下のセニカフェ(Cenicafé)が2005年に発表した品種である。カトゥーラとティモール・ハイブリッド(アラビカとロブスタ種Coffea canephoraの自然交雑種[1])を複数世代にわたり戻し交配し、さび病抵抗性遺伝子を導入しつつアラビカの風味を保った。コロンビアでは2010年代にさび病が大流行し、国内生産量が一時30%減少したが、カスティージョへの転換により2015年以降は回復傾向にある。風味はカトゥーラよりやや平坦だが、標高1600m以上ではスペシャルティグレードの評価を得る豆も多い。
| 品種 | 親品種 | 耐病性 | 収量(kg/ha) | 主な産地 |
|---|---|---|---|---|
| F1ハイブリッド | アラビカ×野生種 | 高 | 1200〜1500 | ケニア、ルワンダ |
| カスティージョ | カトゥーラ×ティモール | 高 | 1000〜1200 | コロンビア |
| SL28 | スコット研究所選抜 | 低 | 500〜700 | ケニア |
F1ハイブリッドは焙煎の失敗が少なく、初心者にも扱いやすい。カスティージョはミディアムロースト以上で甘みが安定するため、ブレンドのベースとして重宝している。
品種で味は変わるか|産地・精製との相互作用
品種が風味に与える影響
品種は、豆に含まれる糖類・有機酸・脂質の組成を規定する。例えば、ブルボン系はショ糖含量が高く、焙煎時にカラメル化が進みやすい。SL28は有機酸(クエン酸、リンゴ酸)の含量が多く、明瞭な酸味を生む。パカマラは豆が大きいため、焙煎時の熱伝導が遅く、中心部まで均一に熱を通すには時間がかかる。このため、同じ焙煎プロファイルでも品種ごとに仕上がりが異なる。
産地と精製法の影響
一方で、品種だけで風味が決まるわけではない。標高・土壌・気温・降水量といったテロワールの要素、そして精製法(ナチュラル、ウォッシュト、ハニープロセス)が風味に与える影響は大きい。例えば、同じゲイシャ種でも、パナマのボケテ地区(標高1600〜1800m、火山性土壌、ウォッシュト精製)では花のような香りとジャスミンティー様の余韻が際立つが、コロンビアのウイラ県(標高1400〜1600m、ナチュラル精製)ではベリー系の甘みが前面に出る。品種は風味の「ポテンシャル」を規定するが、最終的な味わいは栽培・精製・焙煎の全工程で形作られる。
比較実験の例:
- カトゥーラ(コロンビア、ウォッシュト): 酸味4/5、甘み3/5、ボディ3/5
- カトゥーラ(コスタリカ、ハニープロセス): 酸味3/5、甘み5/5、ボディ4/5
同一品種でも精製法が変わると、甘みとボディの評価が大きく変動する。
特徴を踏まえた選び方|品種表記のあるスペシャルティ豆
品種情報の確認方法
スペシャルティコーヒーのパッケージには、生産国・地域・農園名に加えて品種名が記載されることが多い。SCA(Specialty Coffee Association)のカッピングプロトコルでは、品種情報はトレーサビリティの一部として評価される[3]。購入時には、以下の情報が揃っているかを確認したい。
- 生産国・地域(例: ケニア、ニエリ県)
- 農園名または生産者組合名
- 品種名(例: SL28、カトゥーラ)
- 精製法(ウォッシュト、ナチュラル、ハニープロセス)
- 標高(例: 1600〜1800m)
これらの情報が明記されている豆は、生産者がトレーサビリティを重視している証であり、品質管理が行き届いている可能性が高い。
抽出方法との相性
品種によって、適した抽出方法が異なる。SL28やゲイシャのような明瞭な酸味を持つ品種は、ハンドドリップ(湯温90〜92℃、抽出時間2分30秒〜3分)で酸味と香りを引き出すとよい。カトゥアイやカスティージョのような甘み重視の品種は、エスプレッソ抽出(抽出圧9bar、抽出時間25〜30秒)でボディと甘みを強調できる。フレンチプレスは、どの品種でもオイル分を多く抽出するため、ボディが重くなる。自分の好みと抽出器具に合わせて品種を選ぶと、満足度が高まる。
品種の違いを体験するには、同一産地で品種違いの豆を飲み比べるのが効果的だ。例えば、ケニアのSL28とルイル11(Ruiru 11、耐病性品種)を並べてカッピングすると、酸味の明瞭さと複雑さの違いが明確に分かる。
コーヒー豆そのものの選び方や産地・品種の全体像は、コーヒー豆を知る完全ガイドで体系的に整理しています。
各品種の系統的なつながりはコーヒー品種系統樹で図解しています。
結論
SL28はケニアの高地で選抜された明瞭な酸味を持つ系統であり、カトゥーラとカトゥアイはブルボン由来の小型・多収品種として中米で広く栽培される。パカマラは大粒で複雑な風味を生むが、収量と栽培コストに課題がある。F1ハイブリッドとカスティージョは、耐病性と収量を向上させた近年の育成品種だ。品種は風味のポテンシャルを規定するが、最終的な味わいは産地・精製・焙煎の全工程で決まる。
購入時には、パッケージに記載された品種・産地・精製法の情報を確認し、自分の抽出方法と好みに合った豆を選びたい。品種違いの飲み比べを通じて、風味の違いを体感することが、コーヒーの理解を深める最も確実な方法である。今後、気候変動と病害圧の増加により、耐病性品種の重要性はさらに高まるだろう。生産者の選択と消費者の評価が、次世代の品種開発を左右する。
参考文献
- World Coffee Research「Arabica Coffee Varieties」(SL28/SL34・カトゥーラ・カトゥアイ・マラゴジッペ・パカマラ・カスティージョ・F1・ティモール系統の系譜)
https://varieties.worldcoffeeresearch.org/ - USDA Foreign Agricultural Service「Coffee: World Markets and Trade」(アラビカ/ロブスタ生産比)
https://apps.fas.usda.gov/psdonline/circulars/coffee.pdf - Specialty Coffee Association「Research」(カッピング・スコアリングのプロトコル)
https://sca.coffee/research
