コンビニエンスストアの淹れたてコーヒーの多くは、コーヒーマシンによるドリップ抽出方式で作られている[1]。豆の計量から湯の注入までを機械が担い、粒度や湯温は購入者ではなく機械の設計側で固定される。この固定のされ方は家庭のハンドドリップとは前提が異なり、味の違いの土台の一つになっている。
- コンビニコーヒーは技術報告ではドリップコーヒーとして設計され、変数は機械側に固定されている。
- 粒度・湯温・湯の当て方・抽出時間という4つの変数を機械があらかじめ固定して淹れている。
- 家庭では自分が握っている変数を書き出すと再現性の目安になる。
この記事は「コーヒーの淹れ方は4種類で整理できる|透過・浸漬・加圧・煮出しの原理マップ」の各論です。
あのカップは器具の地図のどこにあるのか
コーヒーの淹れ方を器具で並べると、ハンドドリップ、エスプレッソマシン、サイフォン、フレンチプレスといった括りになる。抽出方式を横断的に整理した地図は/coffee-brewer-map/で扱っているが、コンビニのレジ横で提供される一杯が、この地図の中でどこに位置づけられるのかは意識されないまま消費されていることが多い。
ドリップ・エスプレッソ・サイフォンの並びの中で
コンビニのカップに注がれる一杯は、見た目こそエスプレッソマシンに近い装置から出てくるが、技術報告はこの機械がドリップコーヒーを選んだ経緯から説き起こしている[1]。ただし抽出部では湯と粉を混ぜて撹拌する技術や加圧抽出を改良したとしており[1]、ハンドドリップのように湯が粉層を一度通って落ちるだけの透過式と同じとは言えない。エスプレッソのように高い圧で短時間に通す方式かどうかも、抄録からは分からない。
「淹れ方」ではなく「抽出方式」で分類する視点
店頭の機械を「コンビニ式」という独立したジャンルとして捉えると、家庭のドリップとの比較がしにくくなる。実際には技術報告もドリップコーヒーとして設計したと書いており[1]、家庭のドリップと比べるときの要点は、粒度・湯温・湯の当て方・時間という個々の変数を誰が握っているかにある。この整理を先に置くと、機械側が何を選び、何を固定しているのかが見えやすくなる。
機械が選んでいるのはドリップ
技術報告が示す抽出方式
コーヒーマシンにおける抽出技術を扱った技術報告では、コンビニエンスストアの淹れたてコーヒー市場の広がりを背景に、機械側の抽出技術が解説されている[1]。この報告はコーヒーの歴史と抽出技術の紹介から始まり、店頭で豆から一杯を作る機械がどのような技術で構成されているかを扱っている。抽出部については、湯と粉を混ぜて撹拌する技術や加圧抽出などを改良し、速く安定した抽出を図っていると報告されている[1]。
大量提供という条件がドリップを選ばせる
店舗で一杯ずつ、来店客の求めに応じて連続的に提供するという条件は、抽出方式の選び方に影響しやすい。浸漬式は粉と湯を一定時間置いてから分離する工程を挟むため、連続的な提供には向きにくい。
家庭のドリップは注湯のリズムを人が作るが、店舗の機械は同じ動作をポンプや弁で再現する。抽出の原理は同じでも、湯を注ぐ役割が人か装置かという違いが、後述する変数の固定の仕方に直結する。
固定されている変数と、その効き方
粒度と湯温
家庭でハンドドリップをする際は、豆の挽き具合や湯の温度を淹れ手がそのつど選ぶ。粒度(豆を挽いた粉の粗さ)を細かくするか粗くするか、湯温を高くするか低くするかは、豆の焙煎度や好みに応じて調整される領域である。コンビニの機械では、これらの条件はあらかじめ設計段階で決められており、購入者はもちろん店舗スタッフもその場で変更する立場にない。
湯の当て方と抽出時間
湯をどこに、どのくらいの勢いで注ぐか(湯の当て方)や、粉層に湯が触れている時間も、ハンドドリップでは淹れ手の手元の動きがそのまま反映される変数である。中心から円を描くように注ぐか、粉全体に一気に湯を落とすかで抽出の進み方は変わる。機械式の抽出ではノズルの配置や湯の落とし方があらかじめ組み込まれており、一杯ごとに同じ動作が繰り返される点が、人の手で淹れる場合との構造的な違いになる。
固定されている変数を並べると次のようになる。
- 粒度(豆を挽いた粉の粗さ)
- 湯温
- 湯の当て方(注ぎ方・ノズルの配置)
- 抽出時間(粉層に湯が触れている時間)
粒度の効き方は器具によって逆向きになる
市販の焙煎豆を対象にした抽出実験では、抽出方式によって粒度と抽出量の関係が逆向きになることが報告されている[2]。ペーパーフィルター、ネルフィルター、サイフォンでは細挽きまたは中挽きを用いると抽出量が多くなる一方、パーコレーター(湯を粉に繰り返し通して抽出する器具)では粗挽きを用いると抽出量が多く、細挽きでは減少する[2]。同じ「細かく挽く」という操作が、器具によって抽出量を増やす方向にも減らす方向にも働くことになる。
| 抽出方式 | 粒度と抽出量の関係 |
|---|---|
| ペーパーフィルター | 細挽き・中挽きで抽出量が多くなる[2] |
| ネルフィルター | 細挽き・中挽きで抽出量が多くなる[2] |
| サイフォン | 細挽き・中挽きで抽出量が多くなる[2] |
| パーコレーター | 粗挽きで抽出量が多く、細挽きで減少する[2] |
粒度分布は購入のたびに変動する
同じ資料では、粗挽き・中挽き・細挽きのいずれの試料についても、粒度分布(挽いた粉の粒の大きさのばらつき)には会社による違いがあり、同一の店で購入した場合でも購入のたびにかなりの変動が見られたと報告されている[2]。挽き方の呼び方が同じでも、実際の粉の粒の揃い方は毎回同じではないということになる。コンビニの機械が湯温や湯の当て方を固定していても、投入される粉の粒度分布そのものに購入ごとのばらつきが含まれる可能性は、この報告の範囲では否定できない。
パーコレーターは湯と粉が繰り返し接触する構造のため、粉が細かいほど湯の通りが悪くなりやすい。ペーパーフィルターのような一回通過型の器具とは、粒度が抽出量に働く向きが逆になっても不思議ではない。
家で淹れる一杯との違い
変数を握るか、預けるか
家庭のハンドドリップは、粒度・湯温・湯の当て方・時間という変数を淹れ手が握っている状態にある。コンビニの一杯は、同じ変数が機械側の設計に預けられている状態にあり、購入者が調整できる余地はほとんど残らない。器具の全体像は/coffee-brewer-map/で整理した通りだが、コンビニの機械はこの地図の中で「ドリップ」という同じ位置に立ちながら、変数の持ち主が人から装置に置き換わった一点で性格が変わる。
粒度という変数だけを取り出すと
粒度がハンドドリップの仕上がりに与える影響については、/coffee-grind-size-science/で扱っている通り、淹れ手が調整できる変数の一つとして位置づけられる。コンビニの機械では、この変数は購入者の目に触れないまま固定されている。なお[2]で見た粒度分布の変動は店で買った挽いた粉の調査で、店頭の機械が挽く粉に同じことが言えるかは分からない。家庭では淹れ手が粒度を選び直せるのに対し、コンビニの一杯では選び直す主体が存在しない、という違いが残る。
ハンドドリップで粒度を変えて味を作り直す行為は、コンビニの一杯には存在しない。均一さの担保と、変数に触れる自由の両方を同時に満たすのは難しい、という前提として読める。
この一杯は缶の規約の外にある
公正競争規約が対象にしているもの
コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約は、コーヒー豆を原料とした飲料に糖類や乳製品などを加え「容器に密封した飲料」を対象として定義している[3]。同規約が定める「コーヒー」「コーヒー飲料」といった区分も、内容量に対するコーヒー分の割合を基準にしたものであり、容器に密封されていることが定義の前提になっている[3]。
レジ横で注がれる一杯はどちらに立つか
コンビニの店頭で淹れたてとして提供される一杯は、注文の都度カップに注がれるものであり、あらかじめ容器に密封された状態で流通する飲料ではない。この規約の定義に照らす限り、缶コーヒーやペットボトルのコーヒー飲料が置かれている枠の外側にあるように見える。表示に関する規律はこの規約に限らず、景品表示法という一般的な枠組みも存在しており[4]、どの規律がどの範囲まで及ぶかは、密封された飲料を対象にした規約の外側で改めて整理を要する論点である。
規約の対象外であることは、品質や表示の妥当性を保証しない代わりに否定もしない。密封容器を前提にした規律の設計対象に、レジ横の一杯が含まれていないというだけである。
結論
コンビニのコーヒーは、ハンドドリップと同じドリップという抽出方式に属しながら、粒度・湯温・湯の当て方・時間という変数を機械側に預けた一杯である。この違いは器具の優劣の話ではなく、誰が変数を握るかという設計の違いとして捉えるほうが実情に近い。粒度の効き方が器具によって逆向きになり、しかも粒度分布そのものが購入のたびに変わりうるという報告[2]を踏まえると、家庭でハンドドリップの再現性を高めたいときは、自分が触れている変数を一つずつ書き出してみるところから始めやすい。
- 粒度は毎回同じ設定にしているか
- 湯温は測っているか
- 注ぎ方の癖にばらつきがないか
表示のルールについても、密封された缶やペットボトルの飲料を対象にした規約[3]と、レジ横で注がれる一杯とでは前提が異なる。淹れ方の分類と表示の分類は別の軸であり、どちらか一方だけを見て一杯の性格を決めつけない姿勢が、「抽出の科学」カテゴリで扱う話題全体に共通する見方である。密封された飲料を縛る表示のルールがどこまでを射程にしているかは、コーヒーの銘柄名は「どこで採れたか」で決まっているで整理している。
あわせて読みたい
- 缶コーヒーはなぜ「あの味」なのか|加熱殺菌と密封が香りに何をしているか
- 缶コーヒーが「ブラック」「微糖」「カフェオレ」を名乗れる条件
- 「コーヒー」「コーヒー飲料」「コーヒー入り清涼飲料」は何が違うのか|缶の名前は量で決まる
参考文献
- 永吉賢也・西川洋平「コーヒーマシンにおけるドリップコーヒー抽出技術」FFIジャーナル 226巻3号 (2021)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ffij/226/3/226_224/_article/-char/ja - 「市販焙煎コーヒーの性状と成分の抽出について」家政学雑誌 30巻8号 (1979)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1951/30/8/30_8_736/_article/-char/ja/ - コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約及び同施行規則
https://www.jfftc.org/DATA/Kiyaku_pdf/b03_H_cancoffee.pdf - 消費者庁「景品表示法」(関係法令等・解説資料の一覧)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/
