関口一郎とカフェ・ド・ランブル|銀座で103年「珈琲だけの店」を貫いた男

銀座の老舗喫茶店の情景:木のカウンターと琥珀色のコーヒー、ネルドリップの道具

銀座の路地裏に、創業1948年から「珈琲だけの店」を掲げ続けるコーヒー専門店がある。カフェ・ド・ランブル。その一杯は、メニューも、淹れ方も、創業者・関口一郎(せきぐち・いちろう)が定めたかたちをほぼそのまま守っている。関口は2018年、103歳でこの世を去るまで、銀座でただコーヒーと向き合い続けた[1][5]。砂糖もミルクも前提にしない一杯、布で漉すネルドリップ、そして生豆を十年単位で寝かせる「熟成豆(オールドビーンズ)」――いまも語り継がれるこの店の流儀は、どれも彼の生涯から生まれた。本記事では、検証できる記録をたどりながら、関口一郎の歩みと、その背後にあるコーヒーの知識を読み解く。

  • 関口一郎の生涯と、日本のコーヒー史のなかでの位置
  • ネルドリップが「まろやか」になる理由
  • 生豆を寝かせる「熟成豆」で味の何が変わるのか
  • その流儀を自宅の一杯にどう生かせるか
関口一郎の生涯とコーヒー史 二段年表 1914年の誕生から2018年の逝去まで、関口一郎の歩み(左)を、同時代の日本のコーヒー史・時代背景(右)と対置した二段年表。 関口一郎の生涯 × コーヒー史 銀座で103年。一人の男の歩みを、日本のコーヒー史と重ねて読む 関口一郎の歩み コーヒー史・時代背景 1914 浅草に生まれる カフェー文化の黎明 1911 銀座にパウリスタ 10代 三浦義武の会でネルを学ぶ 純喫茶・カフェーが全盛 戦前 映画・音響の技術者として働く 戦時統制で珈琲輸入が途絶 約10年の空白期 1948 銀座で「コーヒーだけの店」開業 当初の名は「飲料研究所」 戦後復興・闇市の時代 50s〜 ランブルスタイル確立 自家焙煎+ネル+熟成豆 純喫茶ブーム サイフォン/ネルが定着 1969 UCC 缶コーヒーが誕生 コーヒーの大衆化 90s〜 90歳を超えて現役 サードウェーブ到来 浅煎り・単一産地へ 2018 103歳で逝去 店は今も継承 「珈琲だけの店」は続く 出典:関口一郎の著書・カフェ・ド・ランブル公式ほか(一部に諸説あり) 図解:coffee-pick.com
目次

コーヒーに出会うまで

関口一郎は1914年(大正3年)、東京・浅草に生まれた[6][7][10]。コーヒーへの関心は早く、10代のころには製法や焙煎を自ら研究し始めていたという。なかでも転機とされるのが、戦前の日本でコーヒーの淹れ方を追究した先覚者・三浦義武(みうら・よしたけ)が開いた「コーヒーを楽しむ会」への参加だ。集まった喫茶店主たちのなかでただ一人の少年として加わり、そこでネルドリップによる抽出を学んだと伝えられる[7][10]

戦前の関口は、映画の映写・音響に関わる技術者として働いていた[6][7]。精密な機械と向き合う仕事が、のちの緻密な焙煎・抽出の姿勢につながったとも語られるが、これは人物像の解釈であり一次記録での裏づけは限定的だ(確認推奨)。当時の日本では、1911年に銀座のカフェー・パウリスタが大衆にコーヒーを広げ、純喫茶・カフェー文化が花開いていた。しかし戦時統制でコーヒー輸入は途絶し、約10年の空白が訪れる[9]。関口が店を構えるのは、その断絶のすぐあとである。

銀座に「コーヒーだけの店」を開く

1948年(昭和23年)、関口は焼け跡の残る銀座にコーヒー店を開いた[1][6]。当初は「アルカロイド飲料研究所」という名を掲げていたとされる。コーヒーの主成分カフェインがアルカロイドの一種であることにちなんだ、いわば便宜的な名で、のちにカフェ・ド・ランブルと呼ばれるようになった[6][7]。改称の時期は資料によって記述が異なるため、ここでは断定を避ける(確認推奨)。

店名の「ランブル(l’Ambre)」はフランス語で「琥珀」を意味する。関口は、澄んだ琥珀色のコーヒーを理想に掲げた[1]。食事も置かず、ただコーヒーだけを出す――当時としては異端ともいえる業態である。その根には、「良い豆を、正しく焙煎し、正しく淹れれば、砂糖もミルクはいらない」という考え方があった[1][5](言い回しは資料によって異なる)。

ネルドリップを生涯貫いた

カフェ・ド・ランブルでは、厳選した生豆を自家焙煎し、注文ごとに挽いて、綿ネル(布)のフィルターで一杯ずつ客の目の前で淹れる。この一連の流儀は「ランブルスタイル」と呼ばれ、日本のハンドドリップの一つの手本とされてきた[1][5]。関口はペーパー、サイフォン、パーコレーターなど他の抽出法も試したうえで、生涯ネルを選び続けたという[7]

ネル(布)とペーパー(紙)の違い 布フィルターは目が粗く油分や微粉を一部通すためまろやかでコクが出る一方、紙フィルターは油分を吸着しクリーンに仕上がることを、対比とスペクトルで示した図。 ネル(布)とペーパー(紙)の違い フィルターの「目の粗さ」が、口当たりとコクを分ける ネルドリップ(布) 目が粗く、コーヒーオイルや 微粉を一部通す → まろやか・とろみ・コク 舌ざわりは丸く、余韻が長い 手入れ:使用後に洗って 水に浸け冷蔵・冷凍で保管 ペーパードリップ(紙) 目が細かく、油分を吸着し 微粉を抑える → クリーン・すっきり・雑味少 輪郭がはっきりした味わい 手入れ:使い捨てで手軽 初心者でも再現しやすい 口当たりの方向 まろやか・コク(ネル) クリーン・すっきり(ペーパー) 同じ豆・同じレシピでフィルターだけ替えると、油分が生む口当たりの差がよくわかる 図解:coffee-pick.com

では、なぜネルなのか。布フィルターは紙よりも目が粗く、コーヒーオイル(油分)や微粉の一部を通す。この油分が、舌の上でまろやかさやとろみ、長い余韻を生む。いっぽう紙のフィルターは油分を吸着し、雑味の少ないクリーンな味に仕上げる[3]。どちらが上ということではなく、関口が理想とした「澄んでいながら厚みのある一杯」には、布の質感が合っていたと考えられる。

豆を「寝かせる」という逆説

一般に、コーヒーは鮮度が命とされる。カフェ・ド・ランブルは、その常識の逆をいく店としても知られる。生豆を数年から十数年、ものによっては二十年以上も寝かせた「熟成豆(オールドビーンズ)」を看板に掲げてきた[6][7]。メニューには10年・20年を超える単一銘柄が並び、過去には1954年産の豆が供されたこともあったという[7]。海外メディアの取材時には、7年・10年・12年・21年・23年といった年代の豆が記録されている[6]

熟成豆が生まれた経緯には諸説あり、戦中に倉庫で長く保管された生豆が出発点になったとも伝えられるが、確実な一次記録は乏しい(確認推奨)。確かなのは、関口がこの「寝かせる」という手法を一つの味の表現として磨き上げ、店の個性に育てたという事実である。

エイジド(熟成)ビーンズで何が変わるか 生豆を年単位で寝かせると、水分が抜け青臭さが和らぎ酸味の角が取れてボディが増すとされる一方、適切な低温低湿管理を欠くと劣化するリスクがあることを示した概念図。 エイジド(熟成)ビーンズで何が変わるか 生豆を年単位で寝かせる。「鮮度が全て」とは別の、もう一つの味の世界 新豆 ニュークロップ 熟成豆 オールドビーンズ(10〜20年+) 数年〜十数年、低温・低湿で寝かせる 水分 多い 抜けていく → 青臭さ(グラッシー) 強い 和らぐ → 酸味 明るい・角がある まろやか・落ち着く → ボディ・とろみ 軽い 増す(とされる) → ⚠ 前提と注意 ・効果は低温・低湿での適切な保管が前提。管理を誤ればカビやオフフレーバーなど「劣化」になる ・熟成のメカニズムや評価には諸説あり、家庭での再現は難しい(=専門店ならではの世界) 出典:関口一郎の著書ほか(味の変化は諸説あり・確認推奨) 図解:coffee-pick.com

生豆を低温・低湿で適切に寝かせると、水分が抜け、青臭さ(グラッシーな風味)が和らぎ、酸味の角が取れてまろやかさやとろみが増す、とされる[3]。ただしこれはあくまで丁寧な管理が前提だ。扱いを誤れば、カビやオフフレーバーといった「劣化」に転じる。熟成のメカニズムや味の評価には諸説があり、家庭で安易に再現できるものではない(確認推奨)。だからこそ、長い年月をかけて生豆を管理できる専門店の仕事として価値を持つ。

103歳まで焙煎機の前に

戦後すぐの開業から半世紀以上、関口は店に立ち続けた。100歳を超えてなお焙煎に関わったと伝えられ、その姿は国内外のメディアに繰り返し取り上げられた[6][7]。著書も残している。コーヒーと煙草の伝播の歴史をたどった『煙草と珈琲――その伝播史』[2][8]、焙煎と抽出を論じた『珈琲の焙煎と抽出法――カフェ・ド・ランブル』[3][8]などで、自らの考えを言葉にした。没後の2024年には、対談集『関口一郎・珈琲対談――カフェ・ド・ランブル創始』も刊行されている[4]

関口一郎は2018年3月、103歳で逝去した[5](一部の資料では104歳とも記される・確認推奨)。店はスタッフに受け継がれ、勤続の長い林不二彦のもと、いまも銀座で「珈琲だけの店」を続けている[5]。創業者亡きあとも流儀がほぼそのまま残っていること自体が、関口の仕事の完成度を物語っている。

関口一郎が遺したもの ― 現代の一杯への接続

関口の流儀は、家庭の一杯にもヒントをくれる。第一に、フィルター一つで味は変わるということ。ネルを扱うのは手間がかかるが、ペーパーでも深煎りを丁寧に淹れれば、クリーンさを保ちながらコクの方向を狙える。布と紙の違いを知っておくだけで、選べる味の幅が広がる。

第二に、「鮮度が全て」という言葉はおおむね正しい――焙煎後の豆は酸化が早く、開封後は短期間で使い切るのが基本だ。しかし生豆の世界には、あえて寝かせて活かすという別の流儀も存在する。相反するように見える二つを知ると、コーヒーという飲み物の奥行きが見えてくる。

そして関口の核心は、突き詰めればシンプルだ。良い豆を、その豆に合った焙煎で、過不足なく淹れる。砂糖やミルクで足し算する前に、抽出そのものを整える。これは専門店だけのものではなく、自宅でも実践できる考え方である。湯温・湯量・濃度・収率といった数字の関係を一度つかめば、毎日の一杯が再現できるようになる。

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参考文献

  1. カフェ・ド・ランブル 公式サイト(創業・ネルドリップ・琥珀色の理想)
    http://www.cafedelambre.com/
  2. 関口一郎『煙草と珈琲――その伝播史』いなほ書房, 2015年(新装版・ISBN 978-4-434-20274-2/コーヒー伝播史・本人の著述)
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/
  3. 関口一郎『珈琲の焙煎と抽出法――カフェ・ド・ランブル』いなほ書房, 2014年(ISBN 978-4-434-19351-4/焙煎・ネル抽出・熟成の一次記述)
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/
  4. 『関口一郎・珈琲対談――カフェ・ド・ランブル創始』いなほ書房, 2024年(ISBN 978-4-434-33948-6/生涯・哲学・没後刊)
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/
  5. dancyu「銀座『カフェ・ド・ランブル』」(ランブルスタイル・現店主・製法)
    https://dancyu.jp/read/2022_00006772.html
  6. Perfect Daily Grind「Café de L’Ambre: Where Green Beans Have Been Aged for 23 Years」(熟成年数・前職・年齢)
    https://perfectdailygrind.com/2016/02/cafe-de-lambre-where-green-beans-have-been-aged-for-23-years/
  7. NEWYORKER MAGAZINE「珈琲について聞いてみた『カフェ・ド・ランブル 関口一郎さん』編」(三浦義武の会・ネル習得・本人証言)
    https://www.ny-onlinestore.com/shop/pages/magazine-lifestyle-coffee-2176-.aspx
  8. 国立国会図書館 NDLサーチ(関口一郎 著書群の書誌典拠)
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/
  9. 旦部幸博『珈琲の世界史』中央公論新社(日本のコーヒー史・喫茶文化の背景)
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/
  10. 嶋中労『コーヒーに憑かれた男たち』中央公論新社(中公文庫, 2008年, ISBN 978-4-12-205010-3)― 関口一郎ら「珈琲御三家」を描いた評伝
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/

この記事から深掘りする:技術と歴史

この記事を書いた人

コーヒーを「なんとなく美味しい」で済ませない、Coffee Pick Lab。豆の品種から抽出収率まで、つい数字で語ってしまうコーヒーメディアです。一杯の裏にある歴史と科学を、一次資料と再現性を頼りに、できるだけ正確に、たまに脱線しながらお届けします。

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