クレマはエスプレッソの表面にできる泡の層である。泡の気体は主に、焙煎で生じてコーヒー豆の内部に閉じ込められた二酸化炭素(CO2)で、泡を包む液は微細な油滴が水に分散した乳化液である[1]。粉に残っていたガスが、高圧(通常9気圧前後)の湯で抽出されるときに液へ移り、表面に褐色の泡を生む。この層の色・厚み・持続時間は、焙煎度合い・豆の鮮度・抽出圧力・粉の挽き目といった複数の要素が絡み合った結果として現れるため、「クレマが多ければ高品質」という単純な図式は成り立たない。むしろ、クレマの状態を観察することで抽出プロセスの適否を読み取る指標として活用できる。
- クレマは二酸化炭素の泡で、泡を包む液は油滴が分散した乳化液である。厚さだけでは品質を判断できない。
- SCAの旧来の定義は20〜30秒・9〜10気圧で、2017年の調査では25〜30秒で抽出する回答が半数を占めた。
- 色ムラや持続時間の変化を見ると、挽き目やタンピングの調整点が見えてくる。
この記事は「コーヒーの淹れ方は4種類で整理できる|透過・浸漬・加圧・煮出しの原理マップ」の各論です。
クレマの正体──CO2と油分が織りなす乳化構造
ガスと油分の乳化メカニズム
クレマの気体は、主に焙煎で生じて豆の細胞構造に閉じ込められた二酸化炭素である[1]。泡を包む液のほうは、ほとんどが直径10μm未満の微細な油滴が水に分散した乳化液で、糖・酸・カフェインなどが溶けている[1]。乳化とは、本来混ざり合わない油と水が安定した混合状態を保つ現象を指す。適切にいれたエスプレッソでは、クレマは全体の体積の少なくとも10%を占めるとされる[1]。
泡立ちには、焙煎でできるメラノイジンとたんぱく質様の物質からなる成分が関わり、泡の持ちには多糖類の成分が関わると報告されている[1]。アラビカ種だけでいれたエスプレッソのクレマは赤みのある褐色で、「タイガースキン」と呼ばれる模様が出る。この模様は、泡に含まれるごく細かい粉と細胞壁の破片によるものとされる[1]。時間がたつと泡は崩れ、液面が見えてくる。
高圧抽出が必須である理由
ハンドドリップやフレンチプレスでは大気圧に近い環境で抽出が行われるため、豆内部のガスが緩やかに放出され、クレマは形成されない[1]。一方、エスプレッソマシンは9気圧前後という高圧環境を作り出し、短時間(SCAの旧来の定義では20〜30秒[2])で抽出を完了させる。高温・高圧の湯に溶け込んだ二酸化炭素が、杯に出たところで溶けきれなくなって泡になる、という説明が提案されている[1]。
| 抽出方式 | 圧力(気圧) | クレマの有無 | 抽出時間 |
|---|---|---|---|
| エスプレッソ | 約9 | あり | 20〜30秒 |
| ハンドドリップ | 約1 | なし | 2〜4分 |
| フレンチプレス | 約1 | なし | 4分 |
| モカポット | 約1.5 | — | — |
モカポットは家庭用器具としてやや高めの圧力を生むが、エスプレッソマシンには及ばない。
成分の溶出とクレマの関係
クレマの量を左右するのは、粉に残っている二酸化炭素の量である。粉の二酸化炭素量と泡の量には強い相関があり、粉1gあたり0.25mgでは泡が約2.5mL、4.5mgでは約12mLだったと報告されている[1]。一方、脂質は泡を支える側ではなく、泡立ちを損なう側に働くとみられている[1]。
色・厚み・持続が示すもの
色が語る焙煎度と抽出温度
クレマの色は抽出の条件を映す。2011年の総説によると、色が淡いのは抽出不足のしるしで、挽き目が粗すぎる・湯温が低すぎる・時間が短すぎることが考えられる。色が非常に濃く中央に白い点があるときは、挽き目が細かすぎるか粉の量が多すぎる。湯が熱すぎると、大きな泡の白っぽいクレマになる[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 淡い色 | 抽出不足(挽き目が粗い、湯温が低い、時間が短い) |
| 非常に濃い色で中央に白い点 | 挽き目が細かすぎる、または粉の量が多すぎる |
| 大きな泡の白っぽいクレマ | 湯が熱すぎる |
色ムラが生じる場合、湯が粉の層を均一に通っていない可能性がある。
厚みが反映する鮮度とガス量
焙煎直後の豆は内部に大量の二酸化炭素を保持しており、抽出時に厚いクレマを形成する。SCAの解説によると、焙煎した豆の二酸化炭素は焙煎後およそ20日間に急速に抜け、その後は抜け方が緩やかになる。新しい豆ほど、エスプレッソのクレマは多く出る[8]。
SCAの同じ解説は、二酸化炭素の抜け方を目安にすると、豆のままなら焙煎後およそ3週間までを「新鮮」とみなせるとしている[8]。
持続時間と泡の安定性
2011年の総説は、クレマは少なくとも2分ほどは崩れずに残るのが望ましいとしている[1]。一方で、焙煎からの時間が短い豆のように泡の量が多くなる条件では、泡の持ちはかえって短くなる傾向が報告されている[1]。
泡の持ちは焙煎度でも変わる。浅煎りから極深煎りまでを比べた実験では、アラビカ種もロブスタ種も、泡が最も長く持ったのは中煎りだった[1]。抽出液に含まれる脂質は、アラビカ種のほうがロブスタ種のおよそ2倍多い[1]。
焙煎度・鮮度との関係
焙煎がガス生成量を決める
焙煎は豆の内部で複雑な化学反応を引き起こし、二酸化炭素を大量に発生させる[1]。挽いた直後に測った二酸化炭素の量は、中煎りより深煎りのほうが多かったと報告されている[1]。
泡の量は焙煎度が深いほど増えるが、極深煎りでは深煎りより少なかったという報告もある[1]。
鮮度管理の実際
焙煎後の豆は、時間とともに酸化と脱ガスが進む。酸化は風味を劣化させ、脱ガスはクレマの形成能力を低下させる。保存容器を密閉し、冷暗所に置くことで劣化を遅らせられるが、完全には止められない。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 焙煎後およそ20日まで | 二酸化炭素が急速に抜ける。新しいほどクレマは多く出る |
| それ以降 | 二酸化炭素の抜け方は緩やかになる |
挽き目と鮮度の相互作用
豆を挽くと表面積が増え、ガスの放出が加速する。挽いてからエスプレッソをいれるまでの時間は、クレマの質を保つために30分を超えないほうがよいと報告されている[1]。エスプレッソ用の粉は細挽きであるため、ハンドドリップ用の中挽き粉よりも劣化が速い。抽出直前に挽くことが、クレマの質を保つ最も確実な方法である。
良し悪しの誤解──多ければ良いとは限らない
「厚いクレマ=高品質」の誤認
クレマが厚ければ美味しいという先入観は根強いが、実際には品種・焙煎・抽出技術の総合的な結果であり、厚さだけで品質を判断できない。ロブスタ種を使わないと十分なクレマは出ない、と言われることがある。しかし2011年の総説は、アラビカ種とロブスタ種を比べた実験の結果は食い違っており、この説は一般化できないとしている[1]。
スペシャルティコーヒーの文脈では、単一農園のアラビカ種を浅煎り〜中煎りで仕上げ、クレマは薄めでも風味の透明感と酸味の輪郭を重視する傾向が強い。
クレマの量を増やす要因
2011年の総説がまとめた実験では、クレマの量を増やす要因として次のものが挙がっている[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 粉に残る二酸化炭素が多い | 泡の量と強く相関する |
| 焙煎度が深い | 泡は増える。ただし極深煎りでは深煎りより少なかった |
| 粉の量が多い | 泡は増える |
| 水圧が高い | 7気圧から11気圧へ上げると、5.1mLから6.9mLへ増えた |
2011年の総説は、クレマそのものは味の面ではあまり重要でないとしている[1]。
薄いクレマが必ずしも欠陥ではない理由
浅煎りの豆や焙煎から日がたった豆では、クレマは少なくなりやすいが、それだけで風味が劣るとは言えない。
クレマの厚さに囚われず、カップ全体の風味バランスを評価する視点が必要だ。
抽出状態の読み取り
クレマの色ムラとチャネリング
クレマの色が均一でなく、中央が濃く周縁が薄い場合、チャネリング(湯の偏流)が起きている。タンピングが不均一だと、粉の密度にムラが生じ、湯が抵抗の少ない部分だけを通過する。この状態では、一部の粉が過抽出され、他の部分は未抽出のまま残る。
チャネリングを防ぐには、以下の対策が有効である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 水平なタンピング | 圧力を均等にかけ、粉の表面を平らにする |
| 適切な挽き目 | 細かすぎると目詰まり、粗すぎると湯が素通りする |
| 粉の均一な分配 | ポルタフィルターに粉を入れた後、軽く叩いて隙間を埋める |
抽出速度とクレマの関係
エスプレッソの抽出時間は、SCAの旧来の定義では20〜30秒である[2]。SCAが2017年に行った調査では、回答者の51%が平均25〜30秒で抽出していた[7]。この範囲を大きく外れるとクレマにも異変が現れる。抽出が早すぎる(15秒以下)と、クレマは薄く色も淡い。湯が粉を十分に通過せず、成分の溶出が不足しているためである。
逆に、抽出が遅すぎる(40秒以上)と、クレマは暗褐色になり、苦味と渋みが強まる。粉が細かすぎるか、粉の量が多すぎる可能性がある[1]。
| 抽出時間 | クレマの状態 | 推定される原因 |
|---|---|---|
| 15秒以下 | 薄く淡い色 | 粉が粗い、湯温が低い |
| 25〜30秒 | 適度な厚み、均一な色 | 適正な設定 |
| 40秒以上 | 暗褐色 | 粉が細かい、粉が多い |
温度管理とクレマの質
SCAの旧来の定義では、抽出に使う湯は90.5〜96.1℃(195〜205°F)である[7]。この範囲を大きく外れると、クレマの形成と風味に影響が出る。湯温が低すぎるとクレマの色は淡くなり、熱すぎると大きな泡の白っぽいクレマになる[1]。泡の量については、88〜98℃の範囲では湯温による差が統計的に認められなかった[1]。
家庭用エスプレッソマシンの中には、抽出温度を調整できない機種もある。その場合、マシンを十分に予熱し、連続抽出を避けることで温度の安定性を高められる。
関連する抽出原理と次のステップ
圧力の基準とクレマ
エスプレッソの圧力は、SCAの旧来の定義で9〜10気圧[2]、イタリアエスプレッソ協会(INEI)の認証基準で9bar±1である[5]。圧力は泡の量にも関わる。アラビカ種7.5gから40mLを抽出した実験では、水圧を7気圧から11気圧へ上げると、泡の量は5.1mLから6.9mLへ増えた[1]。
圧力を変えたときに抽出される成分の量がどう動くかは、別記事「エスプレッソのクレマとは|9気圧抽出が生む泡と濃さの科学」で扱っている。
TDSとクレマの相関
TDS(Total Dissolved Solids、総溶解固形分)は、抽出されたコーヒー液に溶け込んだ成分の総量を示す指標である[3]。粉20gから40gを抽出した実験では、エスプレッソのTDSは平均で液100gあたり9.68gだった[6]。SCAがドリップの基準とする1.15〜1.35%[3]の、およそ7〜8倍にあたる(当サイトの計算)。
TDS計を使えば、クレマの見た目だけでなく、液体の濃度を数値で把握できる。目標TDSを設定し、挽き目や抽出時間を調整することで、再現性の高いエスプレッソを淹れられる。
水質がクレマに与える影響
抽出に使う水に溶けているカルシウムやマグネシウムなどのミネラルは、コーヒーの成分の溶け出し方を左右する[4]。クレマについては、水に含まれる炭酸水素イオンが抽出中に二酸化炭素の出どころになると報告されている[1]。ミネラルの多すぎる水では、スケール(水垢)がマシン内部に蓄積し、温度や圧力の安定性を損なう。
日本の水道水の硬度は、水源によって地域差がある。SCAは、抽出に使う水のカルシウム硬度を50〜175ppm(CaCO3換算)としている[3]。
結論
クレマはエスプレッソ抽出における視覚的な指標であり、二酸化炭素の泡と、油滴が分散した液からなる層である。その色・厚み・持続時間は、焙煎度・豆の鮮度・抽出圧力・温度・挽き目といった複数の要素が絡み合った結果として現れる。厚いクレマが必ずしも高品質を意味するわけではなく、泡の量は主に、粉に残っている二酸化炭素の量で決まる。逆に、浅煎りのスペシャルティコーヒーではクレマが薄くても、風味の複雑さと酸味の明瞭さが際立つことがある。
クレマの観察を通じて、チャネリングや抽出時間のズレといった問題を早期に発見し、タンピングや挽き目の調整につなげられる。自宅でエスプレッソを淹れる際には、クレマの厚さに一喜一憂するのではなく、カップ全体の風味バランスを評価する視点を持ちたい。焙煎日を記録し、同じ豆で数日おきに抽出を試すと、鮮度とクレマの関係が体感として理解できる。
エスプレッソの抽出原理をさらに深く学ぶには、圧力と温度の相互作用を扱った記事や、「エスプレッソ・ラテ」カテゴリ内の他の技術解説が参考になる。クレマという一つの現象を起点に、焙煎・精製・品種といったコーヒーの上流工程への関心を広げていくと、一杯のエスプレッソが持つ奥行きがより鮮明に見えてくる。
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参考文献
- Illy, E.; Navarini, L. (2011)「Neglected Food Bubbles: The Espresso Coffee Foam」, Food Biophysics, 6(3), 335-348
https://doi.org/10.1007/s11483-011-9220-5 - Cameron, M.I.; Morisco, D.; Hofstetter, D. ほか (2020)「Systematically Improving Espresso: Insights from Mathematical Modeling and Experiment」, Matter, 2(3), 631-648
https://doi.org/10.1016/j.matt.2019.12.019 - Specialty Coffee Association「Coffee Standards」Revised 2018(§3 カッピング=粉8.25g・湯 200°F±2°F〈92.2–94.4℃〉/§4.1 Water for Brewing=塩素なし・カルシウム硬度 50–175 ppm CaCO3・アルカリ度 40–70 ppm・pH 6–8/§5.1 Golden Cup Standard=濃度 11.5–13.5 g/L〈SCA Brewing Control Chart 上の 1.15–1.35%〉・可溶性成分の収率 18–22%)※SCA公式のPDFは現在リンク切れのため Internet Archive の保存版
https://web.archive.org/web/20230201145358/https://sca.coffee/s/Coffee-Standards-compressed.pdf - Hendon, C.H.; Colonna-Dashwood, L.; Colonna-Dashwood, M. (2014)「The Role of Dissolved Cations in Coffee Extraction」, J. Agric. Food Chem., 62(21), 4947-4950
https://doi.org/10.1021/jf501687c - Istituto Nazionale Espresso Italiano「The Certified Italian Espresso and Cappuccino」(認証基準=粉7g±0.5・25秒±5秒・25ml±2.5・9bar±1)※公式サイトのPDFは現在取得できないため Internet Archive の保存版
https://web.archive.org/web/20241223040119/http://www.espressoitaliano.org/files/File/istituzionale_inei_hq_en.pdf - Schmieder, B.K.L.; Pannusch, V.B.; Vannieuwenhuyse, L.; Briesen, H.; Minceva, M. (2023)「Influence of Flow Rate, Particle Size, and Temperature on Espresso Extraction Kinetics」, Foods, 12(15), 2871(粉20g・比率1:1/1:2/1:3 の成分量=Table 2)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10418593/ - Specialty Coffee Association「Defining the Ever-Changing Espresso」25 Magazine, Issue 3(2018年。2017年3月の調査・回答275=比率の平均1:2・25〜30秒が51%/旧SCAAの定義/2026-10-04 閲覧)
https://sca.coffee/sca-news/25-magazine/issue-3/defining-ever-changing-espresso-25-magazine-issue-3-zyx36 - Specialty Coffee Association「Coffee Decoded: What is “freshly roasted” coffee?」(2026年7月28日。焙煎後およそ20日間は二酸化炭素が急速に抜ける/豆のままなら焙煎後約3週間が「新鮮」の目安/2026-10-05 閲覧)
https://sca.coffee/sca-news/coffee-decoded-9-fresh-coffee
