コーヒー精製の水使用量は、コロンビアの従来法で乾燥パーチメント1kgあたり40〜50L[1]、エチオピア・ギダボ川流域の水洗式でコーヒー1kgあたり63L[4]という具合に、比較対象ごとに答えが変わる。同じ「1kgあたり」という表記でも、数える基準(果実・生豆・パーチメント・トン)と工程の範囲、設備の稼働状況によって、値は1Lに近い数字から数十Lまで大きく動く。
- コーヒー精製の水使用量は分母が4種類あり、一つの数字には定まらない。
- 従来法の40〜50LからECOMILLの0.3〜0.5Lまで、同じ分母でも値は大きく変わる。
- 数字を見るときは分母・工程範囲・運用状態の3点を確かめると実態に近づく。
この記事は「コーヒー精製方法完全ガイド|ウォッシュト・ナチュラル・ハニー全比較」の各論です。
「40〜50L」「2〜10L」「63L」は同じ数字ではない
検索で出てくる数字がなぜ揃わないか
コーヒーの精製に使う水の量を調べると、資料によって桁もレンジも違う数字が出てくる。コロンビアの従来法は乾燥パーチメント(c.p.s.)1kgあたり40〜50L[1]、ラオスの水洗式は生果実1kgあたり2〜10L[3]、エチオピアのギダボ川流域では1kgあたり平均63L(同じ論文でも、抄録は「1 kg of green coffee beans」を生産するための水、本文は「a kilogram of coffee」を洗う水と書き分けが揺れている)[4]、ハイチではコーヒー1トンあたり約15 m3[6]である。これらはすべて「1kgあたり」または「1トンあたり」という体裁を取っているが、分母に据えている対象がそれぞれ違う。果実の重さとパーチメントの重さは同じコーヒーでも大きく異なり、生豆とトンでは単位そのものが違う。
本記事が扱う範囲
本記事は、この分母の違いを整理し、水を減らす技術がどの分母・どの工程を対象に報告されているかを区別する。技術の性能値はいずれも開発元自身の報告であることを明記し、性能値をそのまま比較材料として鵜呑みにしない読み方を示す。精製工程と関係のない栽培用水を含む「1杯130L」という別の指標も扱うが、両者を足し算する計算は行わない。排水の汚れ(COD〈化学的酸素要求量〉・BOD〈生物化学的酸素要求量〉や河川への影響、処理方法)は扱わない範囲であり、精製工程と風味の一般的な解説はウォッシュトプロセスの記事に譲る。
「1kgあたり」の分母は4種類ある
出典に現れる分母を並べると、次の4種類に分かれる。
| 分母 | 単位 | 出典・国・年 | 報告されている値 |
|---|---|---|---|
| 乾燥パーチメント(c.p.s.) | L/kg c.p.s. | コロンビア、Cenicafé、2011年[1] | 40〜50L(従来法) |
| 生果実(フレッシュチェリー) | L/kg fresh cherry | ラオス、FAO(国連食糧農業機関)[3] | 2〜10L |
| コーヒー1kg(抄録は生豆1kg、本文はコーヒー1kgと表記が揺れる) | L/kg | エチオピア・ギダボ川流域、2024年[4] | 平均63L |
| コーヒー(トン単位) | m3/ton | ハイチ、FAO、2017年[6] | 約15 m3 |
乾燥パーチメント(c.p.s.)という基準
c.p.s.はスペイン語のcafé pergamino secoの略で、パルプと粘液質を取り除いたあと乾燥させたパーチメントコーヒーを指す。コロンビアのCenicafé(コロンビア国立コーヒー研究センター)が公表する水使用量の多くは、この乾燥パーチメント1kgを分母にしている[1][2]。パーチメントは果実そのものより軽く、生豆ともまた重さが違うため、他の分母の数字と桁を単純比較できない。
生果実・生豆・トンという別の基準
FAOがラオスのアラビカ栽培を対象にした資料では、分母は加工前の生果実(フレッシュチェリー)1kgであり、水洗式で2〜10Lの水を要すると記されている[3]。一方、エチオピア南部のギダボ川流域を対象にした2024年の調査では、水洗式コーヒー加工業がコーヒー1kgを洗うために平均63Lの処理水を使うと報告されている[4]。ただし同じ論文でも、抄録は「1 kg of green coffee beans」を生産するのに63Lと書いており、本文の「a kilogram of coffee」を洗う63Lとは分母の書き方が揃っていない[4]。ハイチを対象にしたFAOの価値連鎖分析(2017年)は、湿式精製の説明のなかで、果実を水に浸けて選別する工程に続けて、コーヒー1トンあたり約15 m3の水を要すると書いているが、この「トン」が果実の状態を指すのか生豆の状態を指すのかは、同じ文には書かれていない[6]。
分母をまたいで換算できない理由
40〜50L/kg c.p.s.と63L/kgのコーヒー、2〜10L/kgの生果実、15 m3/tonのコーヒーを、重さの換算比を仮定して一列に並べ替えたくなるが、出典のいずれにも分母どうしの換算比は示されていない。果実からパーチメントになる過程で外皮や粘液質が失われ、パーチメントから生豆になる過程でさらに軽くなることは知られているが、その比率を数値として当てはめる操作は行わない。ハイチの「トン」についても、果実か生豆かを推測で決めるより、確認できていないと書いたほうが読者にとって誤解が少ない。
40〜50L/kg c.p.s.と63L/kgのコーヒーを並べると後者のほうが多く見えるが、パーチメントと生豆・果実は重さも工程範囲も違い、出典に換算比は示されていない。数字を並べる前に、まず単位を確認したほうがよい。
従来法ではどこで水を使うか
コロンビアの従来法:40〜50L/kg c.p.s.の全体像
Cenicafé(コロンビア国立コーヒー研究センター)は2011年の報告で、コロンビアで従来法によりコーヒーを精製するには乾燥パーチメント1kgあたり40〜50Lの水が必要だと述べている[1]。この数値は、除肉から発酵、洗浄までを含む一連の工程全体を対象にした値であり、洗浄段階だけを切り出した値ではない。
内訳:パルプ除去・水力搬送・発酵槽への搬送
同じ報告は、この40〜50Lのうち半分が次の3つの用途に使われると述べている[1]。
- 除肉(パルプ除去)に使う水
- 除肉したパルプをフォサ(貯留槽)へ水力で搬送する水
- 粘液質の付いたままのコーヒー(バーバ)を発酵槽へ搬送する水
つまり、洗浄そのものではない除肉と搬送にも、水の半分が使われている[1]。ウォッシュト精製の工程そのものの流れや風味への影響は、ウォッシュトプロセスの記事で個別に扱われている。
水を減らす技術:同じ分母でも値が変わる
タンク洗浄(Tanque Tina)
Cenicafé の報告によれば、タンク洗浄と呼ばれる方式は、洗浄段階だけで平均4.13L/kg c.p.s.の水を使う[1]。従来法全体の40〜50Lに比べると小さな数字だが、この4.13Lは洗浄工程だけを対象にした値であり、除肉や搬送を含む従来法全体の40〜50Lと直接比較できる数値ではない。
Becolsub:機械式のムシレージ除去
Cenicafé が開発したBECOLSUB(Beneficio ECOLógico con manejo de SUBproductos)は、機械的にムシレージ(粘液質)を除去する方式で、0.7〜1.0L/kg c.p.s.の水しか使わないとCenicafé自身が報告している[2]。同じ資料は、この方式によって汚濁負荷の90〜91%を抑えられるとも述べている[2]。これらの性能値はいずれも開発元であるCenicafé自身の報告であり、独立した第三者による検証結果として書かれたものではない。
ECOMILL:さらに少ない水で洗う
ECOMILLは0.3〜0.5L/kg c.p.s.まで水使用量を抑える方式として、同じCenicafé Avances Técnicos資料で報告されている[2]。Becolsubよりさらに少ない水で済む一方、導入にどれだけの設備投資や運用条件が必要かは、本記事では扱わない。
ギダボ川流域:設備があっても動かなければ減らない
エチオピア南部のギダボ川流域を対象にした2024年の調査は、水洗式コーヒー加工業がコーヒー1kgを洗うために平均63Lの処理水を使うと報告している[4]。同じ論文は、再循環設備が完全に機能していればコーヒー1kgを洗うのに約22Lで済むが、設備が機能していないため、実際には平均63Lを使っていると書いている[4]。設備を導入しても運用が伴わなければ、水使用量は設計値まで下がらないという事実は、技術の性能値と現場の実測値を混同しないための手がかりになる。
従来法の40〜50L、タンク洗浄の4.13L、Becolsubの0.7〜1.0L、ECOMILLの0.3〜0.5Lは、いずれも乾燥パーチメント(c.p.s.)を同じ分母にしているが、値は大きく異なる。分母が同じでも、方式が違えば数える工程の範囲も違うため、「新しい技術ほど数字が小さい」という並べ方だけで受け取るより、それぞれの数字が何を測ったものかを区別して読んだほうが実態に近い。
Becolsubの0.7〜1.0LやECOMILLの0.3〜0.5Lは開発元Cenicafé自身の報告であり[2]、第三者の農園での再現値ではない。数字の小ささだけで導入判断をするより、報告の出所を確認したほうがよい。
1杯130Lのウォーターフットプリントは別の量
Mekonnen & Hoekstraの数値が指すもの
オランダ・トゥウェンテ大学のMekonnenとHoekstraは、2011年発表の論文で、1996〜2005年を対象に、焙煎豆7gを使う1杯のコーヒーのウォーターフットプリントを世界平均で130Lと算出している[5]。この130Lは、栽培段階で降雨由来の水を使う分(グリーンウォーター)、灌漑水を使う分(ブルーウォーター)、汚染を希釈するのに相当する水の分(グレーウォーター)を合算した値であり、精製工程だけを切り出した水使用量ではない。なお、広く引かれる「1杯約140リットル」は、ChapagainとHoekstraが2003年に、オランダで飲まれるコーヒーを1995〜99年のデータから計算した試算(焙煎豆7g・125mlの1杯)であり[7]、130Lとは対象と期間が違う。
精製工程の水と足し算しない理由
130Lは作物の生産にかかる水を焙煎豆1杯分に換算した値であり、精製時の処理水(40〜50L/kg c.p.s.や63Lなど)とは測っている対象が違う[5]。精製の水使用量に130Lを足したり、130Lから精製分を差し引いたりする換算は、出典のいずれにも示されておらず、行わない。「精製で1杯130Lの水を使う」という言い方は、栽培まで含めた指標と精製だけの指標を混同した表現であり、両者は別の量として読む必要がある。コーヒーと水資源の関わりをより広く扱う環境負荷の概論は、環境負荷の記事に譲る。
結論:「1kgあたり何L」を読む3つの問い
コーヒー精製の水使用量を「1kgあたり何L」という形で見かけたとき、比較の入口になるのは分母をそろえることだが、それだけでは値は1つに定まらない。次の3つの問いを、数字を見るたびに確認したほうがよい。
- 何の1kgか(乾燥パーチメントか、生果実か、コーヒー1kgか、あるいはトン単位か。同じ論文でも抄録と本文で書き分けが揺れることがある)
- どの工程までを含めた値か(除肉・搬送・発酵・洗浄の全体か、洗浄段階だけか)
- どの技術・設備の、どういう運用状態での値か(開発元の報告値か、実際の稼働平均か)
40〜50Lという従来法の数字も、4.13Lというタンク洗浄の数字も、63Lというギダボ川流域の実測平均も、それぞれ別の問いへの答えである。分母をそろえたとしても、方式が違えば数える工程が違い、報告値と実測値のどちらを見ているかで結論が変わる。精製方式ごとの工程や風味の違いを掘り下げたい場合は、「精製・焙煎」カテゴリの記事群を合わせて読むと、この記事で切り分けた分母の違いがどの工程に対応するのか具体的に確認できる。数字を1つだけ覚えるより、その数字がどの問いに答えているかを都度確かめる読み方のほうが、この分野では実用的である。
あわせて読みたい
- コーヒーのカーボンフットプリント|1kgで0.26kgか、消費まで含めた15kgか——単位と境界で桁も符号も変わる理由
- ウォッシュト精製の発酵と水処理|クリーンさの源
- コーヒー精製の排水|CODが4千から5万mg/Lまで割れる理由と、川への影響・処理でどこまで下がるか
参考文献
- Construyendo el modelo para la gestión integrada del recurso hídrico en la caficultura colombiana
https://www.cenicafe.org/es/documents/PROPUESTA__P_A_CENICAFE_ABRIL13.pdf - ECOMILL® Tecnología de bajo impacto ambiental para el lavado del café
https://biblioteca.cenicafe.org/bitstream/10778/500/1/Avt0432.pdf - Arabica coffee manual for Lao PDR, Chapter 6: Harvesting and processing
https://www.fao.org/4/ae939e/ae939e08.htm - Waste Water Management in Wet Coffee Processing Mills and their Impact on the Water quality status of Gidabo River and its Tributaries, Southern Ethiopia
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11181887/ - The green, blue and grey water footprint of crops and derived crop products
https://hess.copernicus.org/articles/15/1577/2011/hess-15-1577-2011.pdf - Green Coffee Value Chain Analysis in Haiti: EX-ACT VC case study – Preliminary assessment
https://www.fao.org/fileadmin/templates/ex_act/EX-ACT_VC/Coffe_value_chain_Haiti_june_2017_docx.pdf - Chapagain, A.K.; Hoekstra, A.Y.(2003年8月)「The water needed to have the Dutch drink coffee」Value of Water Research Report Series No. 14, UNESCO-IHE(1995〜99年・オランダ・焙煎豆7g/125mlの1杯で約140L)
https://www.waterfootprint.org/resources/Report14.pdf
