コーヒーのカーボンフットプリントは、生果実1kgあたりでは0.26kgCO2e[2]、栽培から消費・廃棄までを積み上げた生豆1kgあたりでは15.33kgCO2e[1]と、同じ「1kg」でも一桁以上違う。差の原因は品質や産地の優劣ではなく、何1kgを基準にし、どこまでの工程を数えたかという物差しの違いにある。ハンドドリップで豆を選ぶときにこの数字を目にしたら、まず「これは何1kgで、どこまでの範囲か」を確認する習慣が実用的である。
- コーヒーのカーボンフットプリントの桁差は品質差でなく、単位と境界の設定の違いによる。
- 生果実1kg・農場の門までで0.26〜0.67kgCO2e、生豆1kg・消費まで含めて慣行平均15.33kgCO2eだ。
- 数値を見る際は単位と境界、吸収の有無を確認すると比較の目安になる。
この記事が扱う数字の全体像は「世界のコーヒー生産量・消費量【2026/27年版】|一次統計まとめ」にまとめています。
なぜ同じ「1kg」で桁が変わるのか
コーヒーのカーボンフットプリントという言葉は、研究によって指す対象がまったく違う。生果実の重さで測るのか、乾燥させたパーチメント(果肉を除いた薄皮付きの状態)で測るのか、輸出用に精製した生豆で測るのかによって、同じ農園の同じ収穫でも数値が変わってくる。加えて、農場の門を出るところで区切るのか、消費や廃棄まで含めるのかという境界の設定も、数値の大きさを左右する要素である。
単位の話が先に来る理由
カーボンフットプリントの研究を読むとき、最初に確認すべきは末尾の「kg−1」が何を指しているかである。Noponen らの研究は生果実1kgあたりで0.26〜0.67kgCO2e(慣行)、0.12〜0.52kgCO2e(有機)と報告している[2]。van Rikxoort らの研究は乾燥パーチメント1kgあたりで6.2〜10.8kgCO2eという範囲を示す[3]。Nab & Maslinの研究は生豆1kgあたりで慣行15.33kgCO2e、サステナブル3.51kgCO2eとまとめている[1]。単位が違えば数値も違うのは当然だが、記事や広告でこの前提が省かれたまま「コーヒー1kgのCO2排出量は〜」と書かれることがある。
果実のまま数えると分母が大きくなる
生果実には果肉・果皮・水分が含まれ、精製工程を経るごとに重量は減っていく。果実の状態で1kgとカウントするか、乾燥・精製後の生豆で1kgとカウントするかでは、同じ排出量でも1kgあたりの値の意味が変わってくる。本記事で参照した資料からは、果実からパーチメント、パーチメントから生豆への重量換算比を引いていないため、数値による換算は行わない。ただし方向として、果実のまま数える物差しは分母(対象とする重量)が大きくなりやすいという性質だけは指摘できる。
研究や記事の数値を見るとき「kg CO2e per kg fresh cherry」「per kg parchment」「per kg green coffee」のどの表記かを確認することが、桁の違いを読み解く最初の手がかりになる。単位の表記が省かれた数値は、比較の材料として使わないほうが安全である。
システム境界という第二の物差し
単位の違いに加えて、どこまでの工程を数えるかという「システム境界」の設定が、数値をさらに動かす。この記事で紹介する3つの研究は、境界の設定という点でも段階が異なっている。
農場の門まで(Noponen 2012)
Noponen らの研究が対象とするのは、農場内での栽培工程である[2]。肥料投入から収穫までの排出を積み上げ、農場の門を出る前の生果実1kgあたりの値として示している。輸出や加工、消費に伴う排出はこの数値には含まれていない。
乾式工場へ届けるまで(van Rikxoort 2014)
van Rikxoort らの研究は、乾燥させたパーチメントコーヒーを乾式工場に運ぶまでを対象としている[3]。栽培に加えて乾燥までの工程を含むため、Noponenの研究より一段広い境界を取っているが、輸出や消費の工程はまだ含まれていない。
消費・廃棄まで(Nab & Maslin 2020、複数研究の合算)
Nab & Maslinの研究はブラジルとベトナムを対象に、農場から精製・輸出を経て英国ブリストルの倉庫に届くまでの栽培・精製・輸出段階の排出を算出している。慣行栽培でブラジル11.56kgCO2e、ベトナム12.99kgCO2e、サステナブル栽培でそれぞれ0.32kgCO2e、0.59kgCO2eという生豆1kgあたりの値である[1]。この研究では、これに別の研究であるPCF Pilotprojekt Deutschland(2008)が示す加工段階の排出3.05kgCO2e(生豆1kgあたり、消費70%・粉砕10%・焙煎6%・流通と廃棄5%・包装4%という内訳)を合算し、慣行でブラジル14.61kgCO2e・ベトナム16.04kgCO2e、サステナブルでブラジル3.37kgCO2e・ベトナム3.64kgCO2eという値を導いている[1]。両国の慣行栽培の平均が15.33kgCO2e、サステナブル栽培の平均が3.51kgCO2eという数値である[1]。
この3段の境界を並べると、農場の門までを測るNoponenの数値、乾式工場までを測るvan Rikxoortの数値、消費・廃棄までを合算したNab & Maslinの数値は、同じ「コーヒーのカーボンフットプリント」という言葉で語られながら、対象とする工程の範囲がまったく異なることがわかる。慣行栽培2事例では、加工段階を含めた総排出の70%超を輸出工程が占めている[1]。サステナブル栽培への切り替えによる77%の削減は、航空貨物ではなく貨物船で輸送することと、農薬・肥料の投入量を減らすことによってもたらされている[1]。
| 研究 | 対象単位 | システム境界 | 排出量(目安) |
|---|---|---|---|
| Noponen et al. 2012[2] | 生果実1kg | 農場の門まで | 慣行0.26〜0.67kgCO2e、有機0.12〜0.52kgCO2e |
| van Rikxoort et al. 2014[3] | 乾燥パーチメント1kg | 乾式工場へ届けるまで | 混植6.2〜7.3kgCO2e、単作9.0〜10.8kgCO2e |
| Nab & Maslin 2020[1] | 生豆1kg | 消費・廃棄まで(複数研究の合算) | 慣行平均15.33kgCO2e、サステナブル平均3.51kgCO2e |
慣行栽培で加工を含めた総排出の70%超を輸出工程が占めるという数値は、コーヒーの排出を減らす手がかりが栽培方法だけでなく輸送手段にもあることを示している。ただし2か国2事例に基づく数値であり、他の産地・輸送条件に当てはめる根拠として使うには注意が必要である。
排出の内訳を見る
境界と単位を揃えたうえで、実際に何が排出を生んでいるのかを見ると、栽培段階の内訳には共通した傾向がある。
肥料が最大の排出源
Noponen らの研究では、すべての管理システムを通じて温室効果ガス排出の最大の要因は有機・無機の窒素肥料の投入だったと報告されている[2]。別の研究であるNab & Maslinの慣行栽培の事例(ブラジルとベトナム)でも、栽培段階で最大の排出源は肥料の使用で、その割合は95%と92%だった[1]。Noponen らは、肥料の利用効率を高めることがコーヒー農園の温室効果ガスの削減に役立つとも述べている[2]。
剪定残渣からの亜酸化窒素、そして不確かさ
栽培段階の排出には、剪定した枝葉などの残渣からの亜酸化窒素も含まれ、その比率は7〜42%という幅で示されている[2]。この幅の大きさ自体が重要な情報である。著者自身が、この数値は排出係数(ある活動からどれだけの温室効果ガスが出るかを換算する係数)の選び方によって大きく変わると述べている。7〜42%という幅は4つの管理方法(処理区)のあいだの違いで、慣行・高投入の処理区の7%から有機・中程度投入の処理区の42%までにわたる[2]。そのうえで、個々の値も排出係数の選び方に左右される推定として読む必要がある。
- 有機・無機の窒素の投入は、慣行・有機を問わず、調べたすべての管理システムで最大の排出要因だった[2]
- 剪定残渣からの亜酸化窒素がカーボンフットプリントに占める割合は処理区によって7〜42%で、この推定は排出係数の選び方に強く左右される[2]
木を残すと何が変わるか
栽培方法の違いは、排出量だけでなく土地そのものが蓄える炭素の量にも影響する。この点をvan Rikxoortらの研究が具体的に示している。
植生の炭素蓄積と栽培方式
同じ研究では、伝統的な混植(複数の樹種を組み合わせて日陰樹の下でコーヒーを育てる方式)の植生には1ヘクタールあたり42.5Mgの炭素が蓄積されているのに対し、日陰樹のない単作では10.5Mgにとどまると報告されている[3]。この差は木そのものが蓄えている炭素の量の差であり、栽培期間中の排出量とは別の指標である。
フットプリントも混植のほうが低い
炭素蓄積だけでなく、パーチメント1kgあたりのカーボンフットプリントそのものも、混植のほうが単作より低い数値になっている。混植が6.2〜7.3kgCO2e、単作が9.0〜10.8kgCO2eという範囲であり[3]、この研究では、混植(伝統的・商業的)の炭素蓄積も単作(日陰樹あり・なし)より多かった[3]。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書は、コーヒーとカカオの産業についてカーボンフットプリントがマイナスから高い値まで幅広いレンジを持つと定性的にまとめている[4]。これは低投入のアグロフォレストリー(樹木を組み合わせた農法)から高投入の単作まで、両方の栽培方式が産業に含まれることを理由に挙げた整理であり、具体的な数値の出典としてではなく、産業全体の傾向を示す要約として読むべきものである。シェード栽培(日陰樹を使う栽培方式)が風味や生態系、認証にどう関わるかについては、テーマを専門に扱う記事に譲る。
混植の畑が単作より炭素を多く蓄えている事実と、混植の畑のフットプリントが低い事実は、別々に測られた指標であって自動的に足し算できるものではない。両方が同じ方向を向いているという結果ではあるが、記事や広告で「木を残せば排出がマイナスになる」と単純化された場合は、元の研究のどの数値を指しているのかを確認したほうがよい。
数字を読むためのチェックリスト
産地や研究によって数値が大きく異なる以上、コーヒーのカーボンフットプリントに関する数字を見かけたときは、以下の点を順に確認すると読み間違いを避けられる。
単位と境界の確認
まず、その数値が生果実・パーチメント・生豆のどの単位に基づくものかを確認する。次に、農場の門まで、乾式工場まで、消費・廃棄までのどこで区切られた数値かを確認する。この2点が、桁の違いを読み解く最初の手がかりになる。
吸収の有無と出所の確認
数値が排出のみを示すのか、それとも植生による炭素の吸収・蓄積を差し引いた値なのかも確認が必要な点である。マイナスの数値が出てくる場合は、排出より吸収が多いという意味であり、単純に「飲むほど環境に良い」という話に読み替えられるものではない。加えて、どの国・どの年・どの農園のデータかという出所も、数値を他の場面に当てはめてよいかどうかを判断する材料になる。
- 単位(生果実/パーチメント/生豆のどれか)を確認する
- システム境界(門まで/乾式工場まで/消費・廃棄まで)を確認する
- 吸収を含む値かどうかを確認する
- 国・年・農園などのデータの出所を確認する
結論
コーヒーのカーボンフットプリントという一つの言葉の下には、生果実1kgで0.26kgCO2e[2]という農場内だけの数値と、生豆1kgで15.33kgCO2e[1]という消費・廃棄まで含めた数値が同時に存在している。この記事で示した数値は特定の産地・年・農園のデータに基づくものであり、コーヒー全体の平均として一般化できるものではない。ハンドドリップで豆を選ぶとき、パッケージや記事に「カーボンフットプリント」という言葉が出てきたら、まずその数値がどの単位でどこまでの工程を数えたものかを見る習慣を持つと、数字に振り回されずに済む。コーヒーの生産や流通をめぐる背景に関心があれば、「歴史と文化」カテゴリの記事を読み進めるのも一つの手である。
あわせて読みたい
- コーヒーの単収はなぜ国で倍違うのか|ベトナムとブラジルのkg/haを品種・密植・灌漑・施肥で読む
- コーヒー精製の水使用量|「1kgあたり何L」の分母は4種類、40〜50Lから1L前後まで減らす技術
- コーヒー精製の排水|CODが4千から5万mg/Lまで割れる理由と、川への影響・処理でどこまで下がるか
- EUDRとコーヒー|いつから・どの豆が対象か、2度の適用延期と溶解コーヒーを加える委任規則の現状
参考文献
- Life cycle assessment synthesis of the carbon footprint of Arabica coffee: Case study of Brazil and Vietnam conventional and sustainable coffee production and export to the United Kingdom
https://discovery.ucl.ac.uk/id/eprint/10118702/1/geo2.96.pdf - Greenhouse gas emissions in coffee grown with differing input levels under conventional and organic management
http://gala.gre.ac.uk/id/eprint/11340/1/Agriculture,_Ecosystems_&_Environment,_151._pp._6-15..pdf - Carbon footprints and carbon stocks reveal climate-friendly coffee production
https://hal.science/hal-01234838/file/13593_2014_Article_223.pdf - Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Working Group II Contribution to the IPCC Sixth Assessment Report, Chapter 5: Food, Fibre and Other Ecosystem Products
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg2/downloads/report/IPCC_AR6_WGII_Chapter05.pdf
