炭焼きコーヒーとは、生豆の焙煎開始から終了までの一貫工程で炭だけを熱源に用いた製品に限って名乗れる表示であり、公正競争規約がその条件を定めている[1]。「モカ炭焼ブレンド」のような銘柄併記や「遠赤外線焙煎」という表示にも同じ枠組みが及び、途中で熱源を切り替えた時点で名乗る資格を失う。
- 炭焼きコーヒーは焙煎開始から終了まで一貫して炭のみを熱源とした製品だけが名乗れる表示である。
- 銘柄名を併記する表示では、特定銘柄が30パーセント以上かつ全量が炭焼きであることが条件になる。
- 熱源表示は味の優劣を示さず、一貫工程かどうかを確かめる視点が読み取りの分かれ目になる。
この記事は「コーヒー豆を知る完全ガイド|産地・品種・精製・焙煎でわかる味の地図」の各論です。
「炭焼き」は味の形容だと思われている
パッケージに「炭焼き」と書かれたコーヒーを見て、多くの人はまず香りや苦味の傾向を思い浮かべる。焼き鳥や炭火焼き肉から連想される「炭火っぽい香ばしさ」を期待して手に取る読者も少なくない。しかし実際には、この言葉は味の等級や風味の強さを表す形容詞ではなく、製法上の事実を示す表示用語として規約に位置づけられている。
パッケージの言葉と実際の焙煎工程は別の話
炭焼きという表示は、味覚的な印象を保証するものではなく、焙煎の熱源が何であったかという工程上の事実を告げるものである。したがって「炭焼きだから香ばしいはず」という期待と、規約が定める条件そのものは切り離して考える必要がある。この切り離しができていないと、次の章で述べる「一貫工程」や「同一の熱源」という条件が単なる建前のように見えてしまう。
公正競争規約という耳慣れない言葉の出番
事業者がコーヒーについて焙煎方法を表す「炭焼き」「遠赤外線焙煎」その他これらに類する表示をしようとする場合、施行規則に定める表示基準に従わなければならない[1]。この規約は、不当景品類及び不当表示防止法にもとづき、内閣総理大臣及び公正取引委員会の認定を受けて事業者団体が設定する協定・規約の一種である[4]。法律そのものが個々の商品表示を直接規定しているわけではなく、業界団体が定めた規約が具体的な基準を担っている構造になる。
景品表示法は業界に規約制定の枠組みを与える法律であり、炭焼きや遠赤外線焙煎の細かな条件そのものは業界規約の別表側に書かれている[4]。法律名だけを見て条件を推測すると条文の所在を誤りやすい。
別表3の条件——焙煎の最初から最後まで同じ熱源であること
規約の核心は一文に集約できる。製法上の特性として熱源名を冠した表示を行うことができるのは、生豆の焙煎開始時から焙煎が終了するまでの一貫工程において、同一の熱源を用いた場合に限られる[1]。この条件は炭焼きに限らず、熱源名を冠する表示すべてに共通する土台になっている。
「一貫工程」という言葉が指す範囲
「一貫工程」とは、焙煎機に生豆を投入した瞬間から、焙煎が終わって豆が排出されるまでの全過程を指す。この間のどこか一部分だけを炭で加熱し、残りをガスや電気で仕上げるようなやり方は、この条件に当てはまらない。工程の入口と出口だけでなく、途中の一瞬も含めて同一の熱源であることが求められている。
なぜ途中交換がアウトなのか
規約の条文は「同一の熱源を用いた場合に限る」と述べており、熱源の割合や時間の長さについての段階的な基準は示していない[1]。したがって「大部分は炭で、仕上げの数分だけガス」というような運用を許す量的な例外規定は、条文には置かれていない。条件を字面どおりに読めば、一貫工程のどこかで熱源が変わった時点で、その製品はもう「炭焼き」を名乗れる対象から外れると理解するのが自然である。
ブレンドに「炭焼き」を冠する場合の条件
単一の豆ではなく、複数の豆を混ぜたブレンド製品に炭焼きという言葉を冠する場合、条件はさらに一段厳しくなる。規約は「炭火焼コーヒーブレンド」という表示例を挙げ、製法上の特性を訴求する表示を行う場合は、当然その製品を構成するすべてのコーヒーが冠表示される熱源のみによって焙煎され、ブレンドされたものに限るとしている[1]。
構成する豆すべてが同じ熱源であること
ブレンドというのは複数の産地・銘柄の豆を組み合わせる製品であり、それぞれの豆を別々の焙煎機・別々の熱源で仕上げてから混ぜるという作り方も現実にはあり得る。しかし炭焼きを名乗る場合、そのブレンドを構成する豆の一種類でも炭以外の熱源で焙煎されていれば、全体としての表示は成立しない。次の点は、ブレンド表示を考えるときに整理しておきたい条件である。
- 特定の熱源名を冠して「○○ブレンド」と表示できるのは、ブレンドされている豆の種類すべてが、表示される熱源だけで焙煎されている場合に限られる[1]。
- 一種類でも異なる熱源で焙煎された豆が混ざっていれば、その時点で熱源名を冠した表示はできない[1]。
「炭火焼コーヒーブレンド」という表示例
規約が示す例は「炭火焼コーヒーブレンド」という表示そのものであり、これは複数銘柄をブレンドしていることと、炭焼きという製法条件を両立させた場合の表示形として提示されている[1]。逆にいえば、ブレンドである以上「一部だけ炭焼き」という中間的な表示の余地は、この条文の中には見当たらない。
銘柄名と併記する場合——「モカ炭焼ブレンド」の条件
産地や品種、銘柄名に製法上の特性を併記して冠表示を行う場合、規約はさらに具体的な数値条件を置いている。冠表示との併記を行う場合は、特定の銘柄コーヒーが30パーセント以上ブレンドされていることはもちろん、すべてのコーヒーが特定の熱源のみによって焙煎された場合に限って冠表示を併記できるとされている[1]。
特定銘柄が30パーセント以上であること
規約が挙げる例は「モカ炭焼ブレンド」「炭焼モカブレンド」「ブルーマウンテン炭焼ブレンド」である。これらはいずれも、モカやブルーマウンテンといった特定銘柄のコーヒーが30パーセント以上使用されていることが前提になる[1]。この数値は銘柄名を併記する場合に限って課される条件であり、単に「炭焼きブレンド」と名乗るだけの表示とは条件の重さが異なる。
全量が同一熱源であることも同時に必要
30パーセント以上という銘柄条件を満たしていても、それだけでは足りない。他のコーヒーも含めて全体が熱源に炭を用いて焙煎されたものであることが、同時に満たされなければならない[1]。銘柄条件と熱源条件は、どちらか一方ではなく両方が同時に成立していないと、この種の表示は認められない。
| 表示例 | 銘柄側の条件 | 熱源側の条件 |
|---|---|---|
| モカ炭焼ブレンド | モカが30パーセント以上 | ブレンド全量が炭焼き |
| 炭焼モカブレンド | モカが30パーセント以上 | ブレンド全量が炭焼き |
| ブルーマウンテン炭焼ブレンド | ブルーマウンテンが30パーセント以上 | ブレンド全量が炭焼き |
出典[1]が示すこの3例を見ると、銘柄名をどちらの位置(前か後か)に置くかは表示上の自由度があるものの、条件そのものは共通していることが分かる。銘柄名を目立たせたいという事業者側の事情と、条件を満たしているかどうかという事実は別の話である。
「遠赤外線焙煎」も同じ条にある熱源名の冠表示
炭焼きと並んで規約に登場するのが遠赤外線焙煎である。規約は、加熱焙煎装置名を冠しての表示であれば全く問題はないとし、その場合は「遠赤外線セラミックヒーター焙煎」という表示が妥当になるとしている[1]。つまり遠赤外線という言葉は、炭焼きと同じ「熱源・加熱方式を冠した表示」という枠組みの中にある一項目にすぎない。
加熱焙煎装置名を冠する表示という枠組み
炭焼きが熱源そのものの名称であるのに対し、遠赤外線焙煎は加熱方式・装置の名称を冠する表示として扱われている。規約が例として挙げる「遠赤外線セラミックヒーター焙煎」という表示は、遠赤外線という言葉だけを単独で使うより、装置名まで含めた慣用的な言い方として示されている[1]。
- 熱源名を冠する表示(炭焼き・炭火焼など)と、加熱装置名を冠する表示(遠赤外線セラミックヒーター焙煎など)は、規約上は同じ条文の枠組みで扱われている[1]。
- どちらも「製法上の特性を表す表示」として、施行規則の表示基準に従う必要がある点は共通している[1]。
遠赤外線は魔法の光ではない
遠赤外線という言葉には、どこか特別な調理法という響きがある。しかし遠赤外線とは何かという問いに対して、日本醸造協会誌に掲載された解説は、太陽光線にもわれわれを取り巻く空間にも遠赤外線は満ちており、一部で喧伝されているような魔法の光ではないと述べている[2]。理学と工学分野では定義の幅があるものの、この解説では3マイクロメートルから1,000マイクロメートルまでの電磁波を遠赤外線として扱っている[2]。土鍋料理や石焼きイモといった身近な加熱の例も、同じ放射加熱の仲間として説明されている[2]。
「遠赤外線焙煎」は熱源そのものの名前ではなく加熱方式・装置の名称に近い扱いを受けている点が炭焼きとの違いである[1]。装置名を伏せて遠赤外線だけを強調する表示は、規約が示す慣用的な言い方から離れる可能性がある。
結論
熱源の名前は味の等級ではない
炭焼きも遠赤外線焙煎も、規約上は焙煎中の熱の伝わり方という工程上の事実を示す言葉であって、風味の優劣を保証する等級ではない。同一の熱源で焙煎された豆であっても、生豆の品種や精製方法(ナチュラル・ウォッシュト・ハニープロセスなど、収穫後の生豆処理方式)、焙煎の進め方によって出来上がる風味は大きく変わる。表示条件を満たしているかどうかという話と、カッピング(コーヒーの香味を評価する手法)で高いスコアを得られるかどうかという話は、そもそも評価する対象が違う。
表示のルールと味の良し悪しは別の軸
炭火で焙煎した豆と遠赤外線セラミックヒーターで焙煎した豆を並べたとき、どちらが優れているかという問いに規約は答えていない。規約が定めているのは、それぞれの熱源名を製品に冠してよい条件であって、熱源の優劣についての言及ではない[1]。ハンドドリップで淹れる際に感じる香ばしさや後味の違いは、熱源の種類だけでなく焙煎の進行度合いや抽出方法の影響も大きく、単純に熱源名だけで説明がつく話ではない。
焙煎そのもののメカニズムは別記事で
熱源の違いが豆の内部でどのような伝熱として起こるのかという工学的な検証も進められている。カセットコンロを用いた教育用焙煎機の熱特性を調べた研究のように、身近な熱源での焙煎機の熱の伝わり方を工学的に検討する試みもある[3]。ただし焙煎度合いと風味の関係、豆内部で起きる物理変化、直火式・熱風式・半熱風式といった焙煎機そのものの分類については、それぞれ焙煎と風味の関係を数値面から扱う記事、豆の内部で起きる物理変化を扱う記事、焙煎機の種類を扱う記事に要点がまとまっており、これ以上踏み込まない。
コーヒーの表示に関する公正競争規約という制度全体の枠組みについては、コーヒーの銘柄名は「どこで採れたか」で決まっているで触れている。炭焼きや遠赤外線焙煎という個々の表示条件は、その制度の中の一項目という位置づけで捉えると見通しがよくなる。パッケージに書かれた熱源名を見たとき、それが一貫工程・同一熱源という条件を満たしているかどうかを確認する視点を持てば、味の期待とラベルの事実を混同せずに読み取れるようになる。産地や精製方法、抽出方法といった他の要素と合わせて、ラベルの言葉を一つずつ分解して読む姿勢が、この規約を知ることの実用的な効き目である。
あわせて読みたい
- 同じ「ブレンド」なのに、豆は30%・缶の「コーヒー」は51%|2つの規約で基準が違う理由
- コーヒーの袋に「天然」「純」「最高級」はどこまで書けるのか|公正競争規約の条件を読む
- 缶コーヒーが「プレミアム」を名乗れる条件|スペシャルティとは無関係の話
参考文献
- レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約及び同施行規則(令和6年10月1日施行)
https://www.jfftc.org/DATA/Kiyaku_pdf/b05_H_coffee.pdf - 「食品産業における遠赤外線利用の現状と問題点」日本醸造協会誌 85巻2号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/85/2/85_2_90/_article/-char/ja/ - 岡本牧子ほか「カセットコンロによる教育用焙煎機の熱特性」技術と社会の関連を巡って 講演論文集 (2024)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmetsd/2024/0/2024_201/_article/-char/ja/ - 不当景品類及び不当表示防止法(昭和37年法律第134号)/e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000134
