輸入されるコーヒー生豆には、農林水産省の植物検疫と、厚生労働省への食品衛生法の輸入届出という2つの手続きが別々にかかる。植物防疫所は、検査証明書の添付が免除される植物の例にコーヒー生豆を挙げているが、同じ説明に「輸入検査は必要です。」と書いている[3]。免除されたのは輸出国の検査証明書の添付であり、検査ではない。以下、植物検疫、食品衛生法の輸入届出、豆の形態ごとの違いの順に確かめる。
- コーヒー豆の輸入では、生豆に植物検疫と食品衛生法の輸入届出という2つの手続きが別々にかかる。
- コーヒー生豆が例に挙がる検査証明書の添付免除は令和2年8月5日からで、輸入検査は必要とされている。
- 生の果実は発送された地域によっては輸入禁止の対象になり、栽培用の苗も生豆とは別の基準で扱われる。
植物検疫のしくみ(植物防疫法)
「植物」の定義と輸入の原則
植物防疫法第2条は「植物」にその部分、種子、果実を含めている[1]。コーヒー生豆はコーヒーノキの種子にあたるため、この法律が対象とする「植物」に含まれる。第6条第1項は、輸入する植物は輸出国の政府機関が発行した検査証明書又はその写しを添付してあるものでなければ輸入してはならないと定める[1]。ただし、栽培の用に供しない植物であって検疫有害動植物が付着するおそれが少ないものとして農林水産省令で定めるものは、この添付義務から除外される[1]。この除外は第6条第1項のかっこ書きに置かれており、外れるのは検査証明書の添付である。
届出と検査、違反時の措置
第8条第1項は、植物を輸入した者は遅滞なく植物防疫所に届け出て、原状のままで植物防疫官から検査を受けなければならないと定める[1]。この検査で確かめるのは、第6条の規定に違反しないかどうか、輸入禁止品であるかどうか、検疫有害動植物があるかどうかである[1]。第8条第1項のただし書きが外しているのは、輸入に先立つ検査を受けた場合と、郵便物として輸入した場合である[1]。第9条第1項は、検査の結果、検疫有害動植物があった場合に、植物防疫官が消毒若しくは廃棄をするか、所有者や管理者に消毒若しくは廃棄を命じなければならないと定めている[1]。
第6条の除外規定は「検査証明書又はその写しを添付してあるものでなければ、輸入してはならない」という縛りを外すものであり、第8条の届出・検査義務を免除する条文ではない[1]。条文上、両者は別の条番号に置かれている。
「生豆は検査不要」と言われるようになった理由
施行規則第4条と「乾燥されたもの」
植物防疫法施行規則第4条は、検査証明書の添付を要しない植物を定めており、その第4号で「乾燥されたものであつて、圧縮され、細断され、破砕され、又は粉砕されていないもの」を挙げている[2]。この第4号にはただし書きがあり、木材と、植物ごとに部位を指定した除外リスト(イからテまで)を免除から外している[2]。除外リストには「カカオノキ 種子」があるが、コーヒーノキは挙がっていない[2]。同じ乾燥した種子でも、カカオの種子は検査証明書が要る側に残り、コーヒーの種子は添付が要らない側に入る。線は「乾燥しているか」ではなく、品目ごとに引かれている。なお、第4条の柱書きは、肥料、飼料その他農林業の生産資材の用に供されるものなどを、この免除の対象から外している[2]。
令和2年の見直しと植物防疫所の説明
植物防疫所の説明によれば、以前は、栽培の用に供しない乾燥したうこん等の9品目だけがこの添付免除の対象だった[3]。その後、リスク評価が行われ、一定の加工処理を経ていること、過去5年間の輸入検査において不合格率が1.0%以下であることなど、5つの基準を全て満たした植物について、令和2年8月5日から検査証明書の添付が免除されることになった[3]。植物防疫所はこの変更を説明する資料で「輸入検査は必要です。」と括弧つきで明記しており[3]、免除の対象となる例としてコーヒー生豆やタバコの葉などの嗜好品を挙げている[3]。一方で、同じ資料はカカオノキ(カカオ)の種子を、検査証明書の添付が必要な植物の側に挙げている[3]。該当する条文は令和5年4月1日から第4条で、それ以前は第5条の3だった[3]。
5つの基準の1つは「過去5年間の輸入検査において、不合格率が1.0%以下のもの」で、輸入検査の実績をもとにしている[3]。植物防疫所は、免除される植物以外の植物には検査証明書の添付を厳格に求めるとしており、貨物へのこの運用は令和5年8月5日から実施するとしている[3]。
植物検疫では何を見るのか
輸入植物検疫規程の対象リスト
輸入植物検疫規程の別表第二は、「し好品・香辛料及び薬料・染料類であって栽培の用に供さないもの」という区分に、うこん、くちなし、コーヒー豆、ココア豆、こしょう、薬用にんじん等を挙げている[4]。生豆は検査証明書の添付が免除されていても、この区分から外れているわけではない。別表第二はこの区分の検疫有害動物として、ウガンダカクムネヒラタムシ、カシノシマメイガ、コーヒーノミキクイムシ、コクゾウモドキ、ステファノデレス・コフェアエ、セトモルファ・ルテラ、ヒメアカカツオブシムシの7種を挙げている[4]。
見つかったときの処分
同じ別表は、この区分の措置を「検疫有害動物の付着している検査荷口の全部のくん蒸又は焼却」としている[4]。対象は、検疫有害動物が付着している検査荷口の全部である。
- 対象区分:し好品・香辛料及び薬料・染料類(栽培用に供さないもの)[4]
- 処分の単位:検疫有害動物が付着している検査荷口の全部[4]
食品衛生法の輸入届出(厚生労働省)
第27条の届出義務と検疫所の審査
食品衛生法第27条は、販売の用に供し、又は営業上使用する食品を輸入しようとする者は、その都度厚生労働大臣に届け出なければならないと定める[5]。この届出は検疫所で受け付けられ、食品衛生監視員が内容を審査して検査の要否を判断する[6]。植物検疫とは窓口も所管省庁も異なるため、生豆を輸入する場合はこの届出を別途行う必要がある。
4種類の検査
厚生労働省の説明では、届出審査で検査が必要と判断された食品等について、次の4種類の検査が行われる[6]。検査命令は、自主検査やモニタリング検査、国内での収去検査などで法違反事例が認められるなど法違反の可能性が高いと見込まれる食品等について、輸入者に対し輸入の都度検査の実施を命じるもので、輸入者が費用負担し、結果が判明して適法と判断されるまで輸入は認められない[6]。根拠は食品衛生法第26条第3項である[5]。指導検査(自主検査)は、規格基準の有無や農薬・添加物等の使用状況、同種の食品等の法違反情報などを参考に、国が輸入者に定期的な実施を指導する検査である[6]。モニタリング検査は、多種多様な輸入食品等について食品衛生上の状況を幅広く監視する目的で、国が年間計画に基づいて実施する検査で、検査結果の判明を待たずに輸入できるが、法違反となった場合は輸入者が速やかに回収等の措置を講じる[6]。行政検査(モニタリング検査を除く)は、初回輸入時や食品衛生法違反の判明時、輸送途中での事故発生時など、必要に応じて検疫所の食品衛生監視員が行う現場検査である[6]。審査や検査の結果、法違反となった場合は、輸入者が廃棄又は積戻し等の措置を行う[6]。
比較表:植物検疫と食品衛生法の輸入届出
| 項目 | ①植物検疫 | ②食品衛生法の輸入届出 |
|---|---|---|
| 所管省庁 | 農林水産省 | 厚生労働省 |
| 根拠法 | 植物防疫法[1] | 食品衛生法[5] |
| 窓口 | 植物防疫所[1][3] | 検疫所[6] |
| 対象 | 植物(種子・果実等を含む)[1]、し好品区分のコーヒー豆等[4] | 販売又は営業上使用する食品[5] |
| 見るもの | 検疫有害動植物の付着の有無[1][4] | 法に適合しているかどうか(届出審査・各種検査)[6] |
| 問題があったとき | 消毒又は廃棄[1] | 輸入者による廃棄又は積戻し等[6] |
豆の形態ごとの違い
生豆
生豆は、植物防疫所が検査証明書の添付が免除される植物の例に挙げている[3]。施行規則第4条第4号の除外リストにカカオノキの種子はあるが、コーヒーノキは無い[2]。届出と検査の義務は植物防疫法第8条に置かれており、添付の免除とは別である[1]。
生の果実
植物防疫法施行規則の別表二は、輸入を禁止する地域と植物を定める表で、チチュウカイミバエ、ミカンコミバエ種群、クインスランドミバエなどの項に、地域ごとに「コーヒーノキ属植物」の生果実を挙げている[2]。生の果実(いわゆるコーヒーチェリー)は、発送された地域によっては輸入禁止の対象になり、生豆とは扱いが違う。
栽培用の苗
別表二の二は、コーヒーノキ属植物の生植物であって栽培の用に供するものについて、地域ごとに、輸出国の政府機関が発行した検査証明書の添付や、特定の病害虫に侵されていないことの検査証明書への特記といった基準を定めている[2]。栽培用の苗は、乾燥した種子とは別の基準で扱われている。
焙煎豆
輸入植物検疫規程第6条は、「法第二条第一項の植物に該当しない」物として10項目を挙げている[4]。製材や木工品などの加工品、木材こん包材、籐及びコルク、包装材料として使用されたことのない繊維製品、製茶・ホップの乾花・乾たけのこ、発酵処理されたバニラビーン、亜硫酸やアルコールなどにつけられた植物、あんずやいちじくなどの乾果、ココやしの内果皮を粒状にしたもの、小売用の容器に密封されている乾燥した香辛料である[4]。この10項目にコーヒーの名前は無い。書けるのはこの列挙の事実までで、焙煎豆が植物検疫でどう扱われるかは、輸入の前に植物防疫所に確かめる事項になる(植物防疫所は、不明な点は最寄りの植物防疫所に問い合わせるよう案内している[3])。
読者が次にやれること
輸入する場合に必要な2つの手続き
生豆を自分で輸入する場合、手続きは2つある。1つは植物検疫で、植物を輸入した者は遅滞なく植物防疫所に届け出て、植物防疫官の検査を受ける[1]。もう1つは食品衛生法の輸入届出で、販売や営業に使う食品を輸入しようとする者がその都度行い、届出は検疫所が受け付ける[5][6]。厚生労働省は、すべての食品等について貨物の到着予定日の7日前から届出を受け付ける事前届出制度を案内しており、検疫所窓口での輸入相談も案内している[6]。植物防疫所は、不明な点があれば最寄りの植物防疫所に問い合わせるよう案内している[3]。
他の記事に委ねる論点
残留農薬の基準や過去の違反の記録、生豆の荷姿や輸送といった論点は、それぞれ別の主題であり深く扱わない。生豆の等級は生豆の格付けの記事で、欠点豆の扱いは欠点豆とハンドピックの記事で扱っている。産地から店舗に至るまでの流通の全体像はコーヒーのサプライチェーンの記事を参照してほしい。
- 植物検疫:植物防疫所への届出と輸入検査[1][3]
- 食品衛生法:検疫所への輸入届出。貨物の到着予定日の7日前から受け付ける事前届出制度がある[6]
結論
植物検疫と食品衛生法の輸入届出は所管省庁も根拠法も異なり、片方の免除がもう片方に及ぶことはない。コーヒー生豆は、植物防疫所が検査証明書の添付が免除される植物の例に挙げている品目だが[2][3]、これは植物防疫所への届出・検査義務(第8条)や、食品衛生法第27条に基づく輸入届出とは別の話である[1][5]。これから生豆の輸入手続きを調べる読者は、植物防疫所と検疫所という2つの窓口が別々に存在する前提で、それぞれの案内を個別に確認することが実務上の出発点になる[3][6]。
あわせて読みたい
参考文献
- 植物防疫法(昭和25年法律第151号)第2条・第6条・第8条・第9条
https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000151 - 植物防疫法施行規則(昭和25年農林省令第73号)第4条・別表二・別表二の二
https://laws.e-gov.go.jp/law/325M50010000073 - 検査証明書の添付が免除される植物の見直しについて/農林水産省 植物防疫所
https://www.maff.go.jp/pps/j/introduction/import/ipcfuyou/ - 輸入植物検疫規程(昭和25年7月8日農林省告示第206号)第6条・別表/農林水産省 植物防疫所サイト収載
https://www.maff.go.jp/pps/j/law/houki/kokuji/kokuji_9_html_9.html - 食品衛生法(昭和22年法律第233号)第26条・第27条
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000233 - 輸入手続(食品衛生法に基づく輸入手続・検査制度の説明)/厚生労働省 健康・生活衛生局 食品監視安全課 輸入食品安全対策室
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144562.html
