コーヒーさび病(コーヒー葉さび病)は、葉の裏側に大きなオレンジ色の胞子塊を作り早期の落葉を引き起こす病気で、病原菌はHemileia vastatrixと呼ばれる[1]。最初の記録は1861年、ヴィクトリア湖畔の野生コーヒーだとされる[1]。その後アジアや南米を含む約70か国で記録されている[3]。激しい感染は、その年だけでなくその後の年の収量にも影響するとされる[1]。
- コーヒーさび病はHemileia vastatrixによる葉の病気で、1861年の記録から約70か国に広がった。
- 症状は葉裏の大きなオレンジ色の胞子塊と早期の落葉で、激しい感染はその後の年の収量にも影響するとされる。
- 胞子は雨と風で運ばれ、日陰か日向かで拡散の主因が変わるため、日陰栽培が一律に有利とは言えない。
この記事は「コーヒー豆を知る完全ガイド|産地・品種・精製・焙煎でわかる味の地図」の各論です。
記録に残る年号――1861年から始まった記述
さび病の歴史をたどると、複数の年号が資料をまたいで出てくる。年号ごとに、何を指しているのか、どの資料が根拠かを分けて見る必要がある。
1861年 ヴィクトリア湖畔の野生コーヒー
Talhinhasらは、英国人の探検家がヴィクトリア湖畔(東アフリカ)の野生コーヒー種でさび病を初めて記録したのは1861年としている[1]。Silvaらも同様に、さび病が最初に記録されたのはヴィクトリア湖畔付近、1861年だと述べる[2]。Koutouleasらの整理でも、1861年のケニアでの発見が病気の最初の記録として位置づけられている[3]。三者の記述はこの年を出発点として置く点で重なっている。
1869年 学名の記載
病原菌の学名Hemileia vastatrixが記載されたのは1869年である、とTalhinhasらは記す[1]。1861年の最初の記録から8年後(計算)にあたる。
セイロンの流行――1868年か1869年か
セイロン(現在のスリランカ)での流行の年は、資料によって異なる数字が出てくる。Silvaらは、1868年にセイロンで最初の大きな経済被害が生じたと、Wellman(1957)を引いて記している[2]。一方でKoutouleasらは、セイロンでの最初の大流行を1869年としている[3]。どちらの年が正しいかはここでは判定しない。Silvaらは1868年を最初の大きな経済被害の年として[2]、Koutouleasらは1869年を最初の大流行の年として[3]書いており、年号は資料名を添えて並べておく。
| 年 | 出来事 | 資料 |
|---|---|---|
| 1861年 | ヴィクトリア湖畔の野生コーヒーで最初に記録 | Talhinhasら[1]、Silvaら[2]、Koutouleasら[3] |
| 1868年 | セイロンで最初の大きな経済被害 | Silvaら(Wellman, 1957を引用)[2] |
| 1869年 | 学名Hemileia vastatrixの記載 | Talhinhasら[1] |
| 1869年 | セイロンで最初の大流行 | Koutouleasら[3] |
1861年の最初の記録は3つの資料でそろっているが[1][2][3]、セイロンでの流行の年は1868年(Silvaら)[2]と1869年(Koutouleasら)[3]で資料が割れている。どちらかを誤りと決めず、何の年か・どの資料の値かを添えて読む。
葉に現れる症状
さび病という名前から想像しやすい通り、症状は葉の表面に現れる。ただし目立つのは葉の裏側である。
葉裏のオレンジ色の胞子塊
さび病の症状は、葉の裏側に大きなオレンジ色の胞子塊が現れることである[1][2]。Silvaらは、この胞子塊がウレド胞子の集まりからなる大きな橙色のコロニーだと記している[2]。色や形は見分けやすく、栽培の現場で病気を識別する手がかりになってきた。
早期の落葉
胞子塊が広がった葉は、通常よりも早く落ちる[1][2]。Talhinhasらは、大きなオレンジ色の胞子塊と早期の落葉という症状を、病気の特徴として並べて挙げている[1]。Talhinhasらは、激しい感染は栄養成長を妨げるため、その後の年の収量にも影響すると書いている[1]。
- 葉の裏側に大きなオレンジ色の胞子塊が生じる[1][2]
- 感染した葉は通常より早く落ちる[1][2]
胞子を運ぶもの――雨と風
さび病の胞子(ウレド胞子)がどう運ばれるかは、栽培環境を考えるうえで無視できない要素である。Boudrotら(2016)は、日陰栽培か日向かという条件と、降雨・突風の組み合わせによって、胞子の拡散のされ方が変わることを胞子捕集の実験で示した[4]。
日陰では雨が主な要因
Boudrotらの捕集結果では、日陰の条件下では降雨がウレド胞子の拡散の主な要因だったとされる[4]。樹冠に遮られた雨が水滴となって落ち、その運動エネルギーで胞子が飛ぶと考えられている[4]。
突風が効果を逆転させる
ただし日陰であっても、突風が吹くとこの降雨による拡散の効果が逆転したとBoudrotらは記す[4]。水分が葉の表面にとどまるのを突風が妨げるためだと推測されている[4]。同じ日陰という条件でも、雨だけのときと突風が加わったときで拡散の様子は変わる。
日向の乾いた条件では
日向の乾いた条件では、逆に突風が拡散を促したという[4]。一方で日陰では突風の効果が見られなかったとBoudrotらは述べている[4]。同じ突風でも、日陰か日向か、湿っているか乾いているかで働き方が違う。日陰栽培がさび病対策として一律に有利、あるいは一律に不利だと言い切れる話ではない。
Boudrotらの実験は、日陰・日向・雨・突風という条件の組み合わせを比べたものである。「日陰は胞子が飛びにくい」と単純化すると、突風が吹いたときの逆転が説明できなくなる。栽培条件を語るときは、雨か乾燥か、風があるかまで含めて考える必要がある。
温度が変えるもの――潜伏期間
気温が病気の進み方に影響することも、実験で確かめられている。Toniuttiら(2017)は、Caturra(カツーラ)という品種を使い、異なる昼夜温度条件のもとでさび病の潜伏期間(接種から膿疱ができるまでの期間)を比較した[5]。
実験の温度条件
実験では、昼夜23-18℃の条件と、昼夜27-22℃の条件が比べられた[5]。前者は後者よりも低い温度帯である。
潜伏期間と感染葉率の差
Toniuttiらによれば、Caturraでは昼夜23-18℃のほうが27-22℃よりも潜伏期間が長かった[5]。感染葉率が50%に達するまでの日数も、23-18℃のほうが平均で11日遅かったという[5]。低い温度帯のほうが、病気の進行がゆっくりになったことになる。
野外への外挿には注意
この結果は、人工的に設定した温度条件のもとでの実験である[5]。野外の気温は一日のうちでも変動し、湿度や樹冠の状態など他の要因も重なるため、この実験の日数をそのまま野外の発病予測に当てはめることはできない。室内実験のもとでの傾向として理解しておくのが妥当である。
Toniuttiらの結果は、温度を人為的に固定した条件下での潜伏期間の比較である。同じ品種でも屋外では気温が一日のうちに大きく変動するため、この日数の差をそのまま野外の発病スケジュールに当てはめることはできない。
世界への広がり
さび病がどのように世界に広がったかを、Koutouleasらは記録とともに整理している[3]。彼らの記述でも、最初の発見自体は1861年のケニア、ヴィクトリア湖畔とされている点は他の資料と変わらない[1][2][3]。そのうえでKoutouleasらは、セイロンを急速な拡散の始まりとして位置づけている[3]。
セイロンからアジア・オセアニアへ
Koutouleasらによれば、セイロンでの流行がアジア全域への急速な拡散の始まりとなり、1878年までにオセアニアにも到達した[3]。
ブラジルへの跳躍とその後
その後、最も大きな地理的な跳躍として、1970年に南米のブラジルへさび病が到達したとKoutouleasらは記す[3]。そこからさらにメキシコ、ハワイへと広がったという[3]。
- セイロンでの流行を起点にアジアへ拡散し、1878年までにオセアニアへ到達[3]
- 1970年にブラジルへ到達(最も大きな地理的な跳躍)、その後メキシコ、ハワイへ広がる[3]
約70か国という広がり
Koutouleasらは、これまでにさび病が記録された国は約70か国にのぼるとしている[3]。主要な生産国に限らず、記録があるすべての国を含めた数である[3]。2012〜13年には中米で激しい流行が起きたとBoudrotらも記しているが[4]、被害の規模や損失額はこの記事では扱わない。
結論
コーヒーさび病は、Hemileia vastatrixという1種類のカビが引き起こす葉の病気でありながら、記録の年号だけでも1861年・1868年・1869年と複数が並び、何の年か・どの資料の値かを添えて読む必要がある[1][2][3]。症状は葉裏のオレンジ色の胞子塊と早期の落葉という比較的単純な見た目だが[1][2]、その裏側では雨・風・日陰・気温という複数の条件が拡散や潜伏期間を左右している[4][5]。
Talhinhasらは、さび病菌の病原性の多様さは早くから抵抗性の崩壊と結びつけて認識されてきたと書いており[1]、「耐性品種を選べば安心」で済む話ではない。品種ごとの耐性についてはカスティージョという品種を扱った記事やカティモール・サルチモール系を扱った記事で扱っている。品種の系統をさかのぼって見たい場合はコーヒー品種の系統樹を扱った記事、日陰栽培そのものの全体像はシェードグロウンコーヒーを扱った記事にまとめている。ハンドドリップで一杯を淹れるときに病気の歴史まで意識することは少ないが、産地の側では雨と風、気温と日陰のバランスが常に問題になっている。
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参考文献
- The coffee leaf rust pathogen Hemileia vastatrix: one and a half centuries around the tropics
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6638270/ - Coffee resistance to the main diseases: leaf rust and coffee berry disease
https://www.scielo.br/j/bjpp/a/dTHqD9SqgdJtq9wHCf9Hp6R/?format=html&lang=en - The coffee leaf rust pandemic: An ever-present danger to coffee production
https://curis.ku.dk/ws/files/535646028/The_Coffee_Leaf_Rust_Pandemic.pdf - Shade Effects on the Dispersal of Airborne Hemileia vastatrix Uredospores
https://agents.cirad.fr/pjjimg/philippe.tixier@cirad.fr/Boudrot_et_al_2016_Phytopathology.pdf - Influence of Environmental Conditions and Genetic Background of Arabica Coffee (C. arabica L) on Leaf Rust (Hemileia vastatrix) Pathogenesis
https://doi.org/10.3389/fpls.2017.02025
