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耐病性品種はなぜ破られるのか|ティモール・ハイブリッドの抵抗性とさび病の「レース」

耐病性品種はなぜ破られるのか|ティモール・ハイブリッドの抵抗性とさび病の「レース」

さび病耐病性とは、さび病菌(Hemileia vastatrix)への抵抗力を指すが、これは永続的な性質ではない。ホンジュラスで広く栽培されていた抵抗性品種「レンピーラ」は、2017年に遺伝子フィンガープリントで確認されたうえで、もはや抵抗性とはみなせないとWorld Coffee Researchが発表した[2]。抵抗性は品種の固定した性質ではなく、栽培地の病原菌との関係で変わる相対的な状態である。

この記事の結論
  • さび病耐病性は品種固定の性質ではなく、土地と病原菌の関係で変わる相対的な評価である。
  • 2025年の23地点29品種試験では免疫品種は無く、最良のEC16でもスコアは1.12だった。
  • 品種選びではその抵抗性評価がどの地域・どの年のものかを確かめると判断の分かれ目になる。

この記事は「アラビカ種完全ガイド|植物学・産地・風味の全体像」の各論です。

目次

ホンジュラス・レンピーラで起きたこと

2017年、抵抗性品種の「失効」が公表された

2017年5月、中米各国のコーヒー技術者が集まった場で、World Coffee Researchはホンジュラスで広く植えられていた品種「レンピーラ」について、遺伝子フィンガープリント(DNA型による品種確認)によってその品種であることを確認したうえで、もはや抵抗性品種とはみなせないと発表した[2]。WCRによれば、レンピーラはさび病への抵抗性を理由にホンジュラス全土で広く植えられ、2012年に中米でさび病の流行が始まって以降に普及が進んだ品種である[2]。検査の試料は、激しく感染した農園と、ホンジュラス国立コーヒー研究所(IHCAFE)が維持するレンピーラの母樹の2か所から採られ、レンピーラが今はさび病に感受性であることが確認された[2]。

この事例が示す耐病性の相対性

一度「耐病性品種」として広まった品種が、後年になって同じ土地で発病するという事象は、耐病性という言葉の使い方そのものに注意を促す。品種改良の段階で確認された抵抗性は、その時点・その地域の病原菌集団に対する反応であって、時間や場所を越えて保証されたものではない。2025年の多地点試験の論文も、病原菌は進化し続けるため、高い抵抗性を示す品種もいずれ抵抗性を失いうると書いている[6]。レンピーラの事例は、この構造を具体的な品種名と年で示した記録として位置づけられる[2]。以下の章では、この抵抗性がどこから来て、なぜ崩れうるのかを、供給源となる系統と病原菌側の変化という二つの側面から見ていく。

耐病性の源はどこにあるのか|ティモール・ハイブリッド

HDT(ティモール・ハイブリッド)とは何か

コーヒーの育種でさび病抵抗性を語るとき、必ず名前が挙がるのがティモール・ハイブリッド(HDT)である。HDTの集団はアラビカ種とカネフォラ種(ロブスタ)の自然交雑種で、主要な抵抗性遺伝子はカネフォラ種から受け継いだとされる[1][3]。CIFC(ポルトガルのコーヒーさび病研究センター)でカツーラ×HDTとビジャサルチ×HDTを交配した雑種からカティモールとサルチモールの集団が生まれ、これらを含む集団が現在栽培されているさび病抵抗性品種の大半の出どころになっている[1]。Gichuruら(2012)も、HDTを育種プログラムにおける主要な抵抗性の供給源としている[3]。ただしHDTは単一の品種名ではなく、TalhinhasらもHDT CIFC832/1、CIFC832/2のように遺伝子型を番号で区別して扱っている[1]。

「一部の抵抗性因子」が「場合によっては30年以上」使われている

HDT集団が抵抗性の供給源として重要視される理由は、これらの抵抗性因子の一部が長く持続し、場合によっては30年以上使われてきたことにある[1]。この表現は、すべての抵抗性因子が均等に長持ちするという意味ではなく、一部の因子について、条件が合えば長期間機能してきたという限定つきの記述である。「一部」「場合によっては」という留保を外して「HDTなら効き続ける」と読み替えてしまうと、後述するレンピーラのような失効例と矛盾する。抵抗性の持続年数は因子ごと・地域ごとに異なるという前提を置いたうえで、次章以降の病原菌側の変化を読む必要がある。

品種の系統は別記事に譲る

HDTから派生した具体的な系統や交配の経緯については、カティモール・サルチモール系品種の解説とコーヒー品種の系統図に譲る。系統そのものではなく、その抵抗性がなぜ崩れるのかという現象に焦点を絞る。

深掘りメモ|HDTの位置づけ

HDTは「一つの品種」ではなく遺伝的に幅のある集団であり、そのどの遺伝子型を交配に使ったかで抵抗性の質も持続年数も変わる。品種名だけで抵抗性の強さを比較するのは、この幅を無視した単純化になりやすい。

病原菌の「レース」とは何か

レースという単位

さび病菌の側にも多様性があり、どの品種に感染できるかの違いによって「レース」という単位で区別されている。ある品種を選抜する育種プログラムは、その時点で流通しているレースへの反応を見て抵抗性と判定しているのであって、まだ存在しないレースへの反応を保証しているわけではない。この生活環そのものの詳細には立ち入らず、レースという分類の枠組みだけを確認しておく。

2012年時点で世界49レース、最新はHDT派生系統に感染

ケニアでの新レース同定を報告した2012年の論文は、それまで抵抗性だったコーヒー遺伝子型に感染できる新しい病原菌レースが記録され続けてきたと述べ、その論文が発表された時点で世界全体で49のレースが特徴づけられていると記している[3]。同論文は、最も新しく特徴づけられたレースが、育種プログラムにおける主要な抵抗性供給源であるティモール・ハイブリッドの派生系統に感染できると明記している[3]。つまりHDTを親に持つ品種であっても、その抵抗性を無効化するレースがすでに記録されていたことになる。

数はいつ・どこで数えたかで変わる

「世界で49レース」という数字は、2012年に発表されたケニアでの研究の論文が、その時点でCIFCで特徴づけられていた数として書いたものである(うち20はHDT派生系統から)[3]。同論文自身も、今後さらに多くのレースが見つかりうると書いている[3]。レースの数を扱う資料に触れるときは、その数字がいつ・どの研究で数えられたものかを必ずセットで読む必要がある。

深掘りメモ|レース数の読み方

レースの数はその時点までに発見・記録された数であって、実際に存在するレースの総数を示すものではない。数字だけを取り出して「今も49」と読むと、調査年を落として古い集計を現在の状況として扱う誤りになる。

破られた実例を並べて見る

レンピーラの遺伝子フィンガープリント確認(WCR, 2017)

冒頭で触れたレンピーラの事例は、単なる圃場の感染報告ではなく、遺伝子フィンガープリントによって品種そのものを確認したうえで、もはや抵抗性とはみなせないと明言された点に特徴がある[2]。品種名の取り違えではなく、確かにレンピーラであるものが感染したという確認手続きが踏まれている。

中米・パナマの地域品種とコロンビア品種(Avelino et al., 2015)

2015年に発表された中米・コロンビアのさび病危機を分析した論文は、CIFCと各国の研究機関がHDTをもとに開発した地域品種として、ホンジュラスのレンピーラ、エルサルバドルのカティシック、パナマのミダ96、コロンビア品種などの名前を挙げたうえで、一部の品種は抵抗性を失っており、さび病菌が進化しうることを裏づけていると述べている[4]。この文では、どの品種が抵抗性を失ったかを品種ごとには挙げていない[4]。同論文はさらに、完全な抵抗性を数年前に失ったコロンビア品種について、部分的な抵抗性は保っていると考えられていると記している[4]。完全な失効と部分的な残存を分けて記述している点が、この論文の読み方の要になる。

  • ホンジュラス:レンピーラ(HDT系、遺伝子フィンガープリントで抵抗性失効を確認[2])
  • エルサルバドル:カティシック(HDTをもとにした地域品種として名前が挙がる[4]。抵抗性を失ったかどうかは品種ごとには書かれていない)
  • パナマ:ミダ96(HDTをもとにした地域品種として名前が挙がる[4]。抵抗性を失ったかどうかは品種ごとには書かれていない)
  • コロンビア:コロンビア品種(数年前に完全な抵抗性を失い、部分的な抵抗性は保っていると考えられている[4])

コロンビアでの変異率の高さ(Cenicafé, Cristancho et al., 2007)

コロンビアの研究機関Cenicaféが2007年に発表した論文は、コロンビア国内でこの病原菌がレース分化を続けてきた経緯を検証し、この菌が高い変異率を持ち、宿主の抵抗性を乗り越える適応の可能性が高い菌であると結論している[5]。この結論は特定の品種名を挙げたものではなく、病原菌側の性質そのものに関するものである点で、前の二つの事例とは視点が異なる。品種側の抵抗性がいつか崩れうるという見立ての根拠を、菌側の変異のしやすさに置いている論文として読める。

資料時点対象地域確認された内容
Gichuru et al. 2012[3]2012年時点世界(ケニアでの新レース同定を含む)世界で49レースが特徴づけられ、最新のレースはHDT派生系統に感染できる
WCR 2017[2]2017年ホンジュラス遺伝子フィンガープリントでレンピーラを確認、もはや抵抗性とみなせないと発表
Avelino et al. 2015[4]2015年発表中米・パナマ・コロンビアHDTをもとにした地域品種を挙げ、一部の品種は抵抗性を失ったとする。完全な抵抗性を失ったコロンビア品種は部分的抵抗性を保つと考えられる
Cristancho et al. 2007[5]2007年コロンビア病原菌は変異率が高く、宿主の抵抗性を乗り越える適応の可能性が高いと結論

世界23地点・29品種の試験が示したこと

免疫の品種は一つも無かった

2025年に発表されたコーヒー品種の国際比較試験は、世界23地点で29品種を対象にさび病への反応を調べたものである[6]。この試験では、抵抗性の高い品種は確かに存在したが、免疫(感染そのものが起きない)品種は一つも無く、すべての品種がいずれかの地点で症状を示したと報告されている[6]。論文は、遺伝子型と、遺伝子型×地点の交互作用がともに有意で、さび病への抵抗性は品種の遺伝的な構成だけでなく地点によっても変わると報告している[6]。

地点をまたいだスコアが最も低かったEC16(Mundo Maya)

この試験で地点をまたいだスコアが最も低かった(もっとも抵抗性が高いと評価された)のは、商業名「ムンドマヤ」として知られるハイブリッド品種EC16で、スコアは1.12であった[6]。この数値は当該試験の測定条件下での相対的な値であり、他の栽培条件や年次でも同じ数値になるとは資料からは確認できない。

ランキングとして読まない理由

EC16が最も低いスコアを示したという事実は、この品種が常に安全であるという意味には直結しない。同じ試験がすべての品種にどこかの地点で症状が出たことを確認している以上、抵抗性の強弱は「その地点・その時点でのスコア」として読むべきもので、固定した優劣のランキングとして扱うと試験の前提を取りこぼす[6]。

深掘りメモ|地点差の意味

同じ品種でも地点によってスコアが変わる理由について、Berny Mier y Teranらは、カティモールの抵抗性が中米やブラジルでは破られたとする先行研究を引き、アフリカとアジアの3地点にはカティモールに感染しないレースがいる可能性に触れている[6]。品種選びの参考にする場合も、どの地域のどの時点の試験結果かを確認したうえで読む必要がある。

結論|耐病性は条件つきで読む

さび病耐病性という言葉は、品種そのものに固定された性質を指すのではなく、いくつかの条件がそろったときに限って成立する評価である。レンピーラの失効[2]、HDTをもとにした地域品種のうち一部の品種が抵抗性を失ったというAvelinoらの記述[4]、コロンビアでの菌の高い変異率[5]、そして世界規模の試験で免疫品種が確認されなかったこと[6]は、いずれも同じ構造を別の角度から示している。

  • その土地に存在する病原菌のレース構成(同じ品種でも地点によって反応が異なる[6])
  • 完全な抵抗性か部分的な抵抗性かの区別(コロンビア品種の例のように、完全に失っても部分的には残る場合がある[4])
  • 評価が行われた年次(レースの数も抵抗性の評価も、調査時点の記録であって将来を保証しない[3])

個々の品種そのものの風味や来歴、栽培上の特徴については、カスティージョ、SL28・SL34、F1ハイブリッド、カトゥーラの各記事で扱っている。耐病性という一点に絞って品種を選ぶ場合も、その評価がどの土地・どの年のものかを確認する習慣を持つことが、本記事で示した「レースは記録され続けている」という事実への現実的な向き合い方になる。

参考文献

  1. The coffee leaf rust pathogen Hemileia vastatrix: one and a half centuries around the tropics
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6638270/
  2. Coffee leaf rust resistant coffee variety overcome in Honduras
    https://worldcoffeeresearch.org/news/2017/coffee-leaf-rust-resistant-coffee-variety-overcome-in-honduras
  3. Additional physiological races of coffee leaf rust (Hemileia vastatrix) identified in Kenya
    https://www.scielo.br/j/tpp/a/StL8f8kbms8gdYnwHz3QCdk/?lang=en
  4. The coffee rust crises in Colombia and Central America (2008–2013): impacts, plausible causes and proposed solutions
    https://link.springer.com/article/10.1007/s12571-015-0446-9
  5. Evolución de razas de Hemileia vastatrix en Colombia
    https://biblioteca.cenicafe.org/jspui/bitstream/10778/178/1/arc058(04)340-359.pdf
  6. Global Coffea arabica variety trials reveal genotype-by-environment interactions in resistance to coffee leaf rust (Hemileia vastatrix)
    https://www.frontiersin.org/journals/plant-science/articles/10.3389/fpls.2025.1583595/full

この記事を書いた人

Coffee Pick Lab は、コーヒー知識メディア Coffee Pick をつくっている編集ラボです。国際コーヒー機関や全日本コーヒー協会の統計、ISO や公正競争規約などの規格・法令、査読論文、生産国の公的資料——一次資料を原典で読むことを出発点にしています。英語や現地語の資料の読み解きと下書きにはAIを使い、数字・年代・固有名詞は人が出典に当たり直して、裏が取れないものは落としてから公開します。編集方針と制作工程は運営者情報にまとめています。

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