パカマラ種は、1958年にエルサルバドルのコーヒー研究所(ISIC)がパカス種とマラゴジッペ種を交配して生み出した、アラビカ種の栽培品種である[1]。マラゴジッペ由来の大粒な豆と、フルーティで複雑な風味が特徴で、カップ・オブ・エクセレンス(COE)などの国際品評会で高評価を得る一方、栽培難易度の高さと収量の不安定さから、生産国は限定的だ。エルサルバドルを中心に、グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラスなど中米の高地で栽培され、スペシャルティコーヒー市場では「個性派品種」として扱われる。ハンドドリップで淹れると、ハーバルな香りや柑橘系の酸味が際立つため、浅煎りから中煎りで選ぶと、品種本来の複雑さを楽しみやすい。
パカマラの誕生と系譜
パカス種とマラゴジッペ種の交配
パカマラ(Pacamara)は、エルサルバドルのサンタアナ県にあるコーヒー研究所(Instituto Salvadoreño de Investigaciones del Café, ISIC)が、1958年に交配を開始した人工品種である[1]。親品種はパカス(Pacas)とマラゴジッペ(Maragogipe)の2つで、名称は両親の名前を組み合わせた造語だ。パカス種は1949年にエルサルバドル・サンタアナで見いだされたブルボン種の自然突然変異で、樹高が低い矮性種である一方、マラゴジッペ種はブラジルで見つかったティピカ種の突然変異で、豆のサイズが通常の1.5倍ほどに達する[2][3]。この組み合わせにより、大粒で風味が複雑、かつ樹高を抑えた品種を目指した。
交配の背景には、エルサルバドルのコーヒー産業が1950年代に直面していた課題がある。当時の主力品種ブルボンは収量が多いものの、樹高が高く管理が難しく、病害リスクも高かった。パカス種は樹高を抑える利点があったが、豆のサイズは小さく、国際市場での評価は限定的だった。そこで、マラゴジッペの大粒特性を取り込み、視覚的インパクトと風味の複雑さを両立させる狙いで開発が進められた。
商業栽培への展開
パカマラ種が商業的に普及し始めたのは1980年代以降である。エルサルバドル国内では、サンタアナ県やアワチャパン県の高地農園が試験的に栽培を開始し、1990年代に入るとカップ・オブ・エクセレンス(COE)でエルサルバドル産パカマラが上位入賞を果たしたことで、国際的な注目を集めた。以降、グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラスなど中米諸国の高地農園が栽培を拡大し、2000年代にはスペシャルティコーヒー市場で「希少品種」として取引されるようになった。
ただし、パカマラは収量が不安定で、栽培には標高1300メートル以上の冷涼な気候と、丁寧な剪定・施肥管理が求められる[1]。このため、大規模プランテーションよりも小規模農園や精密農業(プレシジョン・アグリカルチャー)を実践する生産者が主体となっている。
大粒な豆とマラゴジッペの影響
豆のサイズと形状
パカマラの最大の視覚的特徴は、豆の大きさである。通常のアラビカ種が10〜12ミリメートル程度であるのに対し、パカマラは15〜18ミリメートルに達する個体も珍しくない[3]。スクリーン(篩い目)サイズで言えば、スクリーン18以上に分類されることが多く、エチオピア産イルガチェフェやケニア産AAなど、大粒で知られる豆と比較しても一回り大きい。
この大きさはマラゴジッペ種の遺伝形質を受け継いだ結果で、マラゴジッペ自体はブラジルのバイーア州で発見されたティピカの突然変異である[3]。マラゴジッペは「エレファント・ビーン(象の豆)」とも呼ばれ、豆が大きい分、焙煎時の熱伝導が遅く、芯まで火を通すには時間がかかる。パカマラも同様の特性を持ち、浅煎りで仕上げると豆の中心部に生焼けが残りやすく、中煎り以上の焙煎度が推奨される場合が多い。
大粒がもたらす風味への影響
豆のサイズが大きいと、焙煎時の熱の入り方が均一になりにくい反面、豆の内部に含まれる糖分や有機酸の量が多く、複雑な風味を生み出しやすい。パカマラの場合、カッピングでは柑橘系の酸味(グレープフルーツ、レモン)、フローラルな香り(ジャスミン、ハイビスカス)、ハーバルなニュアンス(レモングラス、ミント)が指摘されることが多い。これらの風味は、豆の大きさに由来する成分量の多さと、エルサルバドルやグアテマラの高地で育つテロワール(火山性土壌、昼夜の寒暖差)が組み合わさった結果と考えられる。
一方で、大粒であるがゆえに焙煎のばらつきが生じやすく、同じロットでも豆ごとに焙煎度が異なるケースがある。このため、パカマラを扱う焙煎士は、焙煎機の火力調整や排気のタイミングを細かく制御し、均一な仕上がりを目指す必要がある。
栽培特性と品質のばらつき
栽培適地と収量
パカマラは標高1300メートル以上の高地で品質が最も高まるとされる[1]。エルサルバドルのアパネカ・イラマテペク山系、グアテマラのアンティグア地域、ニカラグアのヒノテガ県など、火山性土壌と冷涼な気候を持つ地域が主要産地だ。一方で病害抵抗性は弱く、コーヒーさび病への感受性が非常に高いほか、コーヒーベリー病(CBD)やオホ・デ・ガジョ(American leaf spot)にも侵されやすい[1]。
収量は低く不安定で、標準的なブルボン種やカトゥーラ種を下回るとされる[1]。樹高はパカス種の影響で2〜2.5メートルに抑えられるものの、枝が細く、果実が大きいため、強風や豪雨で枝折れが起きやすい。このため、防風林の設置や、シェードツリー(日陰樹)を用いたアグロフォレストリー(森林農法)が推奨される。
品質のばらつきと選別の重要性
パカマラは遺伝的に不安定で世代を経ても形質が固定しにくく、同一ロット内でも豆のサイズや熟度にばらつきが出やすい[1]。収穫時に完熟果実(チェリー)だけを選ぶピッキング精度が低いと、未熟豆や過熟豆が混入し、カッピングスコアが大きく下がる。このため、スペシャルティグレードのパカマラは、手摘み収穫と水洗式精製(ウォッシュト)を組み合わせ、比重選別や光学選別機を用いた厳格な選別を経ることが一般的だ。
ナチュラル精製(乾燥式)で仕上げたパカマラも存在するが、果肉を付けたまま乾燥させるため、発酵が進みすぎるリスクが高く、品質管理の難易度はさらに上がる。一方、ナチュラル精製が成功すると、ベリー系の甘みや濃厚なボディが加わり、ウォッシュトとは異なる個性を持つ。
| 項目 | パカマラ種 | ブルボン種(参考) |
|---|---|---|
| 豆のサイズ | 15〜18mm(スクリーン18以上) | 10〜12mm(スクリーン16前後) |
| 栽培適地標高 | 1200〜1800m | 1000〜1600m |
| 収量(相対値) | 100とした場合70〜80 | 100 |
| 主な産地 | エルサルバドル、グアテマラ、ニカラグア | ブラジル、コロンビア、エルサルバドル |
| 主な風味特性 | 柑橘、フローラル、ハーバル | ナッツ、チョコレート、キャラメル |
風味の傾向と抽出への影響
フルーティで複雑な風味プロファイル
パカマラのカッピングでは、以下の風味が頻繁に指摘される。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 柑橘系 | グレープフルーツ、レモン、オレンジピール |
| フローラル | ジャスミン、ハイビスカス、ラベンダー |
| ハーバル | レモングラス、ミント、セージ |
| 甘み | 黒糖、ハチミツ、キャラメル(焙煎度が中煎り以上の場合) |
これらの風味は、エルサルバドルやグアテマラの火山性土壌に含まれるミネラル(カリウム、マグネシウム)と、標高1500メートル以上の冷涼な気候がもたらす糖度の高さに起因する。また、パカマラは酸味が明瞭で、pHが4.8〜5.2程度(測定例による)と、ケニア産やエチオピア産に近い酸性度を示すことが多い。
抽出方法と焙煎度の選び方
パカマラの風味を引き出すには、抽出方法と焙煎度の組み合わせが重要だ。浅煎り(ライトロースト)では柑橘系の酸味とフローラルな香りが際立つが、豆の大きさゆえに焙煎のムラが出やすく、渋みや青臭さが残る場合がある。中煎り(ミディアムロースト)にすると、酸味と甘みのバランスが取れ、ハーバルなニュアンスが穏やかになる。深煎り(フレンチロースト)まで進めると、柑橘系の酸味は消え、ビターチョコレートやスパイスの風味が前面に出る。
ハンドドリップでは、湯温を90〜92度に設定し、蒸らし時間を40〜50秒取ると、豆の内部まで湯が浸透しやすい。豆が大きいため、挽き目は中挽き(グラニュー糖程度)よりやや粗めにし、抽出時間を3分30秒〜4分程度に延ばすと、風味の複雑さを損なわずに抽出できる。エスプレッソで用いる場合は、抽出圧を8〜9バールに抑え、抽出時間を30〜35秒に延ばすと、酸味が立ちすぎず、甘みとボディが調和する。
競技会での評価とスペシャルティ市場
カップ・オブ・エクセレンスでの実績
パカマラは、カップ・オブ・エクセレンス(COE)で高評価を得る品種の代表格で、エルサルバドルやグアテマラの品評会で繰り返し上位に入賞している[4]。世界的にもパカマラはCOEで高評価を得やすい品種として知られ、90点台のスコアを記録するロットもある。ニカラグアやホンジュラスでも高評価ロットが出品されている。
COEの審査では、クリーンカップ(雑味のなさ)、甘み、酸味の質、フレーバーの複雑さ、アフターテイストの長さが評価される。パカマラは酸味の明瞭さとフレーバーの多様性で高得点を得やすい一方、クリーンカップの項目で減点されるケースもある。これは、前述の品質ばらつきや、精製時の発酵管理の難しさが影響している。
スペシャルティコーヒー市場での位置づけ
スペシャルティコーヒー市場では、パカマラは「希少品種」「個性派」として扱われ、希少性とカップ品質の高さから高値で取引される。特にCOE入賞ロットや単一農園(シングルエステート)のマイクロロットは、オークション形式で高値落札される例もある[4]。
一方で、パカマラの認知度は一般消費者にはまだ低く、ゲイシャ種やブルボン種と比べると市場規模は小さい。このため、パカマラを扱う焙煎業者やカフェは、品種の背景や風味の特徴を丁寧に説明し、顧客の興味を引く工夫が求められる。
関連情報と産地・品種の広がり
エルサルバドルのコーヒー産業
パカマラの母国エルサルバドルは、中米の小国ながらコーヒー輸出が経済を支える重要産業である。主要産地はアパネカ・イラマテペク山系(標高1200〜1800メートル)で、火山性土壌と太平洋からの湿った風が、コーヒーに独特のテロワールをもたらす。エルサルバドルでは1980年代の内戦でコーヒー産業が停滞したが、2000年代以降、スペシャルティコーヒーへの転換を進め、パカマラやブルボン・ポインテッドなど個性的な品種の栽培を拡大している。
エルサルバドルのコーヒーについては、別記事「エルサルバドルコーヒーの特徴|火山と内戦を越えた復興の味」で詳しく扱っている。
他の品種との比較
パカマラと並んで「個性派品種」とされるのが、ゲイシャ種、SL28、ブルボン・ポインテッドなどである。ゲイシャ種はエチオピア起源で、パナマのエスメラルダ農園が2004年のCOEで優勝して以降、世界的に注目を集めた。SL28はケニアで開発された品種で、ブラックカラント(黒スグリ)を思わせる酸味が特徴だ。ブルボン・ポインテッドはブルボン種の突然変異で、豆の先端が尖った形状を持ち、エルサルバドルで栽培される。
品種の分類や系譜については、別記事「コーヒー品種の基礎知識|ティピカ、ブルボンから交配種まで」で体系的に解説している。
結論
パカマラ種は、1958年にエルサルバドルで交配されたパカス種とマラゴジッペ種の組み合わせにより、大粒な豆と複雑な風味を両立した品種である[1]。柑橘系の酸味、フローラルな香り、ハーバルなニュアンスが特徴で、カップ・オブ・エクセレンスなど国際品評会で高評価を得る一方、栽培難易度の高さと収量の不安定さから、生産国は中米の高地に限定される。
編集者の立場から見ると、パカマラは「品種の個性を楽しむ」スペシャルティコーヒーの文脈で最も輝く豆だと感じる。自宅でハンドドリップを淹れる際、浅煎りから中煎りで選び、湯温と挽き目を調整すれば、一杯の中に複数の風味レイヤーを見つける楽しさがある。ただし、焙煎のムラや精製の粗さが風味に直結するため、信頼できる焙煎業者や、COE入賞ロットなど品質保証のある豆を選ぶことが重要だ。
パカマラの産地であるエルサルバドルや、品種の系譜についてさらに知りたい場合は、上記の関連記事を参照してほしい。また、当サイトの品種カテゴリでは、ゲイシャ、SL28、ブルボンなど他の個性派品種も取り上げているため、比較しながら読むと理解が深まる。
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参考文献
- World Coffee Research「Pacamara — Arabica Variety Catalog(パカス×マラゴジッペ、エルサルバドルのISICが選抜/世代間で形質が安定しない遺伝的不安定性/矮性・大粒・低収量/さび病感受性が非常に高くCBD・線虫・オホ・デ・ガジョにも感受性/高地でCOEを席巻)」
https://varieties.worldcoffeeresearch.org/varieties/pacamara - World Coffee Research「Pacas — Arabica Variety Catalog(1949年エルサルバドル・サンタアナで発見されたブルボンの自然突然変異/矮性)」
https://varieties.worldcoffeeresearch.org/varieties/pacas - World Coffee Research「Maragogipe — Arabica Variety Catalog(ブラジル・バイーアで発見されたティピカの自然突然変異/大粒のエレファントビーン)」
https://varieties.worldcoffeeresearch.org/varieties/maragogipe - Cup of Excellence/Alliance for Coffee Excellence(ACE)「National Competitions & Online Auctions(エルサルバドル等を含む品評会・落札結果)」
https://cupofexcellence.org/
